ブラック部活の裏に潜む「教師間いじめ」 教育研修の場で目にした衝撃的な場面とは?〈dot.〉

ブラック部活の裏に潜む「教師間いじめ」 教育研修の場で目にした衝撃的な場面とは?〈dot.〉
AERA dot. 2019/5/20(月) 17:00配信

 なぜブラック部活はなくならないのか? 実はその裏に、教師から教師への「ハラスメント」が潜んでいた……。教育社会学者・内田良氏が著書『学校ハラスメント』(朝日新書)で明らかにした「教師間いじめ」。その一端を紹介する。

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■同僚から攻撃の言葉

 学校の先生方との意見交換の場に参加するなかで、私が出会った、もっとも忌まわしい記憶の一つをご紹介しよう。

 とある教員研修の場において、十名程度からなるグループで、「部活動のあり方」について議論が交わされた。一人の若手教員が、か細い声でこう嘆いた――「私は、○○科の教員です。教員採用試験を勉強して、○○を教えるために教員になりました。でも毎日、そして土日も部活で時間がつぶれます。自分はやったこともない競技を指導しなきゃいけないし、本当にしんどいです」。

 それを受けて、別の教員が手をあげてこう言い返した――「それは一部ですよ! 全部の部活がそんなふうに思われては困ります。僕自身は、たしかに部活がしんどいときもありますが、楽しんでやっています」。さらには、それにつづいて何人かの教員が部活動のすばらしさを語り、援護射撃をつづけた。

 私にとっては、本当に衝撃的な場面であった。

 教員は教科を教えるために教員になったのであり、部活動というのは教員にとっては付加的な業務にすぎない。教員は、素人ながらに指導に従事し、多くの時間をそこに費やしている。

 2019年1月に中央教育審議会が策定した「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」もこういった現状を問題視しており、「部活動指導は必ずしも教師が担う必要のない業務である」「教師の本務は授業であり、限られた時間の中で授業準備がおろそかになるほどまでに部活動に注力することは適切ではない」ことが明記されている。

■「一部」ならよいのか?

 平日の夕刻はもちろんのこと、土日までもが、部活動に費やされる。そして自分の専門であるはずの、教科指導の準備時間がほとんどとれないまま、日々を過ごす。自分の専門性を発揮するための時間をとることができず、自分がやったこともない活動に時間が奪われる。これが、部活動指導の現状である。

 教科指導が嫌で仕方がないというならば、これは一刻も早く教壇を去ったほうがよいだろう。だが部活動指導が苦しいというのは、教科指導の専門家として、しっかりと尊重されるべき意見である。労働者としても、時間外労働というかたちで、土日を含めて毎日数時間が費やされる部活動指導を問題視するのは、まっとうな主張である。ところが「それは一部」にすぎないと、同僚たちから反論される。

 そもそも「ブラック企業」もまた、どこか一部の企業のことである。もっといえば、いじめや不登校、台風、震災、原発など、ほとんどすべての教育問題・社会問題は、一部の人や場所に限定された課題にすぎない。それを、みんなで考えるのが、教育問題・社会問題というものだ。

「それは一部」であるのは当然の事実であり、何も説明していないに等しい。そこから見えてくるのは、「それは一部」と過小評価し、「だから聞くに値しない」と一蹴する姿勢である。きわめて危険な態度である。

■教師間いじめの見えにくさ

 きっとすべての教員は、いじめや不登校については、「一部」だといってフタをすることはないはずである。みんなでどう考えていくべきかという問いを、立てるだろう。

 集団全体で物事を進めるというのは、教員がもっとも得意とすることの一つである。だが当の指導に熱心なあまりに、批判の声を聞くと、つい「それは一部」とフタをしたくなってしまう。同僚は助けてくれるどころか、むしろ攻撃をくわえてくる。

 この事例に限らず、教員が教員に対して怒鳴ったり、脅したりするというケースを耳にする。暴言だけではなく、会っても挨拶されない、集団で無視される、陰口を言われる、子どもたちがいる前で同僚から大声で叱責されるなど、教員の間にも程度の差こそあれ、さまざまなハラスメントがある。

 これら「教師間いじめ」のケースは、教員の愚痴や嘆きとして、近しい立場の者が耳にすることはあっても、それが公に語られたり、調査が実施されたりすることは、ほとんどない。教師間いじめの現実は、教師=聖職者という幻想のなかで消える化していく。

 誤解を恐れずに言うならば、教員だって人間である。小中高以外の職場でも、たとえば大学教員のなかにも同僚に怒鳴りつける人はいるし、民間企業の従業員の間でもいじめがある。それらと同様に、教員の間でもいじめがある。

 とは言え、子どもにいじめ防止を説きながら、同僚の間でいじめが起きているようでは、あまりに不健全である。さらに言えば、同僚間でのいじめが容認される職場において、子ども間のいじめや、教員から生徒へのハラスメントが抑止されるはずもない。学校ハラスメント全体の改善のためには、教師間いじめの見える化と抑制もまた、重要な着眼点である。(文/名古屋大学准教授・内田良)

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