自ら命絶つ悲しみ、繰り返すな 高3女子自殺から1年 教育現場、報道すべきことは
熊本日日新聞 2019/5/20(月) 11:22配信
<記者ノート>昨年5月19日。表情にあどけなさが残る女の子の遺影が、花に囲まれて掲げられていた。「本日は…知華[ともか]のため…誠に…ありがとう…ございました」。父親(43)は拳を固く握り締めたまま、言葉を絞り出した。
自殺を図り、前日の18日に亡くなった知華さん=当時、県北の高校3年=の通夜。「いじめが原因らしい」と複数の情報提供を受け、事実確認ができればと参列させてもらった。最後部の席から両親の姿が見えた。憔悴[しょうすい]しきった様子をじっと見つめながら「2人が『話してもいい』と思ってくれるまで待とう」と思った。
6日後、香典に添えていた名刺を見た両親が会ってくれると聞き、同僚と自宅を訪ねた。「娘に何があったのか、知りたいだけなんです」。両親は、泣きはらした赤い目からあふれる涙を何度もふき、まな娘のことを話してくれた。
熊日の報道後の6月、県教委は第三者委を設置。「娘の名誉が回復された」。両親は報告書を受け入れることを考えた。ただ、最後まで自殺を図った当日の高校側の対応に疑問が残り、県に今月、この点について再調査を求めた。
第三者委の調査に対し、一部の教師は知華さんについて「夜遊びをしていた」「部活動はほとんど来ていなかった」と答えていたという。私が取材で同級生たちから聞いた印象とは違い、両親も「なぜ、あえて悪く言うのか」と心を痛めた。
複数の同級生による知華さんへの「粗暴な発言」が、授業中の出来事だったという事実は重い。高校側がこの1年、繰り返し口にしてきた「ご遺族に寄り添いたい」という意思は、両親にどこまで伝わったのだろうか。
一周忌前日の17日、知華さん宅に伺い、線香を上げさせてもらった。若者が自ら命を絶つ悲しみを繰り返さないために、教育現場は、報道は、何をすべきなのか。手を合わせながら、そう思った。(原大祐)
(2019年5月20日付 熊本日日新聞朝刊掲載)