保護者が教員からセクハラ被害 息子への「制裁」恐れて泣き寝入りも〈AERA〉

保護者が教員からセクハラ被害 息子への「制裁」恐れて泣き寝入りも〈AERA〉
AERA dot. 2020/1/3(金) 17:00配信

 教員のセクハラ・パワハラが後を絶たない。中でも表面化しにくいのが、保護者が教員からセクハラを受けるケースだという。AERA 2019年12月30日−2020年1月6日合併号では、セクハラ被害を受けた保護者が苦しい胸の内を語った。

*  *  *
「先生、起きてください。着きましたよ」

 2019年の夏、東海地方に住む40代の女性が、中学校のバレーボール部で息子を指導していた元顧問の男性教諭を初めて車で自宅に送った夜のことだ。

 突然、教諭の右手が女性の左胸に伸びてきた。Tシャツの上からわしづかみにするように何度もさわる。

「やめてください。寝たふりしないでください」

 払っても、払っても、伸びてくる手を必死に押さえた。

 後部座席には、片道1時間かかる教諭の自宅までの送迎に付き合ってくれた別の部員の母親も乗っていた。狭い車内で、この母親が気づかないわけがない。女性は、

「助けて。先生をやめさせて」

 と助けを求めたが、返事はない。教諭は押さえられた手を振りほどいてはまたさわるを繰り返したあと車を降りた。開けた窓から車に顔だけ突っ込むと、

「いやあ、〇〇さんの胸はすごかった」

 と言って薄笑いを浮かべた。

 女性が狼狽しつつ、同乗していた母親に、「あんなことをする先生なの」 と聞くと、「寂しいんじゃないの?」と言われた。教諭に妻子はいる。同乗していた母親は、「眠いから寝るわ」と何事もなかったような態度だった。この母親は、男性教諭のいわゆる“シンパ”だ。

 教諭は道中で「頭が痛いから車を止めて」と言い、「休憩したいからホテルに行こう」と誘ってもいた。

 このことは当初、ほかの誰にも言えなかった。

「自分が声を上げて、子どもが一生懸命取り組んでいる部活動に支障が出るのが怖かった。私さえ黙っていればいい。泣き寝入りになるけど、それも仕方がないと思った」

 部活における教師の存在は絶大だ。あらゆる面でブラックな状態が野放しにされやすい。

 女性は、シンパの母親から再び「先生と3人で飲もう」と呼び出され、教諭にホテルへ連れ込まれそうになった。ほかにも「〇〇さんの胸は……」と何度もからかうように言われるなど、屈辱的な仕打ちを受けた。それらすべてを、数少ない教諭シンパではない母親に打ち明けたところ「我慢するなんて、おかしいよ」と言われた。

 女性はその後、教諭のシンパの母親たちに、教諭に自分へのわいせつ行為について謝罪してほしい旨を訴えたが、逆に「さわったという証拠はない。誘ったのはそっちだ」などと責められた。教諭は「不愉快な思いをさせたことは謝罪するが、さわっていない」などと言い訳をしていることも伝え聞いた。自分が誘ったことにされていることにショックを受けた。

 女性は、勇気を振り絞って警察に被害届を出した。法務省の調査では、性的な被害に遭った人のうち、捜査機関に届け出た割合は14.3%。被害届がいかにハードルが高いかがわかる。

 加えて、保護者が教職員からわいせつ行為を受けるケースはまれだ。文部科学省の調べによると、公立校で「わいせつ行為等により懲戒処分等を受けた教職員」は2017年度で210人。ここ数年は200人台前半で高止まりしている。行為の対象は、約半分が「自校の児童・生徒」で、次に多いのが自校の教職員。調査の対象属性に「保護者」はない。

 一般的なケースではないからか、女性が1回目に訪ねた警察署では受理してもらえなかった。対応した署員からは、

「なぜすぐに通報しなかったのか? さわられた服からDNAが検出できたのに」

 と被害を受けて1カ月以上経過している点を厳しく問われた。

「わかってもらえなかった。親が先生の意に反することをすると、子どもが制裁を受ける。わが子が人質だから通報できなかったと話したのですが」

 事実、制裁は過酷だった。

 教諭は試合に負けると体育倉庫に選手を集めて叩くなど、暴力をふるった。女性の息子への理不尽な扱いもあった。学校で決められた活動時間以外に、ほかの体育館で「夜練」と呼ばれる活動も行っていた。文科省が作成した「部活動ガイドライン」が時短部活を提唱するなか、同じ部員、同じ指導者で行うのに、表向きの名称「民間クラブの活動」を隠れ蓑に長時間の練習を強いる。相当にブラックな部活だった。

 そのことが18年、公益通報された。だが、保護者は一枚岩ではなかった。通報したのはだれか、保護者による激しい犯人捜しが起きた。

 ある母親が疑われ、6時間にわたる拷問まがいの聴取を受け、途中で過呼吸を起こした。その後、うつを発症し病院通いを余儀なくされた。同時に、その息子は練習に参加させてもらえなかったり、遠征に行っても一人だけ試合に出してもらえなかったり、という嫌がらせを受け、後に退部。好きだったバレーを奪われた。

 この公益通報のせいかはわからないが、教諭は19年度から隣の市の中学へ移動になった。しかし、違う学校のバレー部顧問でありながら、足しげく前任校へ通い指導を続けていた。

 ここまでの強権が発動できるのも、教諭が親しくする強豪高校へ毎年のように生徒をスポーツ推薦で入学させていたからだ。そのため、親たちは推薦入学の決定権を握る教諭の機嫌をとる。自身の欲望を満たすために部活を利用しているかのようなこの教諭にマインドコントロールされる者と、それに抗う者。親たちがブラックな部活によって分断されている。

 12年の12月23日に、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部員が顧問の男性教諭からの体罰が原因で自殺した。この問題は教育・スポーツ現場の暴力を根絶しようという動きのきっかけになった。

 だが今はまだ過渡期のため、親たちの価値観が二つに分断されるのかもしれない。19年11月には、大分県の少女バレークラブで、監督の暴力を隠蔽しようとした一部の親が口止め誓約書を配る問題も発覚した。

 冒頭のバレー部で、息子が1年生の母親は、上級生の親から再三言われた。

「うちの子どうですか?って、親のほうから先生にもっと寄っていかなきゃ。そうすれば、子どもが可愛がってもらえるよ」

 親が顧問にすり寄らなくては試合には出られない。そう解釈した。

「そんなものかと思い、頑張って先生(元顧問)に飲み物を買って持っていったりしていた。おしぼりもいるかもと気を使っていました。でも、夜中まで先生と飲み歩くことなどを疑問に感じ始めたときに(冒頭の)わいせつ行為の話を聞いた。早く目が覚めてよかった」

 名古屋市で性被害やセクハラ問題を扱う弁護士の岡村晴美さんはこう話す。

「弁護士や裁判につながる事例として、教員から保護者へのセクハラ問題は多くないと感じる。ただし、そういう問題がないからではなく、あったとしても被害を申告しにくいという側面もあるのではないか」

 そもそもセクハラ被害は、証拠が残りにくい、被害者が自分を責めてしまう、二次被害があるなど、法的手続きに進みにくい理由が多々ある。

「学校が期間限定であることも、卒業するまで耐えればいいと泣き寝入りになりやすい理由かもしれない。大切なわが子を巻き込みたくないという心理に陥りやすい」(岡村さん)

 同じ心理状態だった冒頭の被害女性を救ったのは、ママ友の行動力だった。

「被害を受けたのに泣き寝入りさせては、いじめを見て見ぬふりするのと一緒。子どもに親として胸を張れない」

 被害届の不受理を疑問視した、前出の1年生の息子を持つ母親は、一人で県警を訪ね、被害届が受理される道筋を作った。少数だが、協力を申し出る親も現れた。

 そうやって書類送検までこぎつけたが、起訴に持ち込むことは難しそうだ。

「でも、追及をあきらめるつもりはありません。次は教育委員会に現状を知ってもらいたい」

 と、被害を受けた女性は闘う姿勢を崩さない。(ライター・島沢優子)

※AERA 2019年12月30日−2020年1月6日合併号より抜粋

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