岡山の高校生自殺問題、県教委は再発防止策示さず 県議会委で批判相次ぐ

岡山の高校生自殺問題、県教委は再発防止策示さず 県議会委で批判相次ぐ
山陽新聞デジタル 2021/4/15(木) 21:01配信

 岡山県教委は15日の県議会文教委員会で、2012年7月に操山高(岡山市中区浜)の野球部マネジャーだった2年の男子生徒=当時(16)=が自殺した問題を巡り、第三者調査委員会の報告書を説明。具体的な再発防止策までは示さず、委員から批判が相次いだ。

 委員会では、県教委の対応に質問が集中。担当者は「報告書の内容を確認している」と繰り返し、さらに事実認定の一部に関して「われわれの見解と違う内容があり、詳細を確認したい」と述べた。

 これに対し委員は「問題の発生当時と体質が変わっていない」「(外部に)やってもらった調査を確認するとはどういうことだ」と厳しく指摘。河野慶治委員長(自民)が随時、対応状況を委員会に報告するよう求めた。

 3月26日に公表された報告書では、生徒の自殺は野球部監督の叱責(しっせき)などが原因とし、直ちに再発防止策を検討するよう県教委に求めている。

以下、この家族の苦難の9年間の記録

 報告書によると、男子生徒は野球部に選手として入ったが、監督の男性教諭から遠征先で「お前なんか制服に着替えて帰れ」と言われるなど、度々怒鳴られ「耐えられない」と12年6月に退部。他の部員から戻るよう誘われ、翌月にマネジャーとして復帰した。
 その後も監督から「1回やめたんじゃから、覚悟はできとるんじゃろうな」と言われ、「(練習中に)声を出さなかったら存在価値はねーんじゃ」などと叱責された。炎天下のグラウンドに一人残されて「きちんとマネジャーの仕事をしろ」などと怒鳴られ、マネジャーになって2日後だったこの日の夜に自殺した。下校時、他の部員に「もう俺はマネジャーじゃない。存在してるだけだ」と話したという。遺書はなかった。

 男子の自殺を巡り、県教委は13年2月、野球部監督が「マネジャーの仕事をしろ」と繰り返し叱責していたことを確認した上で「自殺との因果関係は不明」と発表した。第三者委の設置に関しては県が県教委への設置を提案する一方、遺族側は17年5月、中立性を保つため、知事部局へ設置するように要望。両者間で委員の人選を含めて在り方を協議していた。

 男子生徒が亡くなった後、学校側は、監督を務めていた30代の体育科教諭らに話を聞いた。両親から詳細な原因を知りたいと申し入れを受け、10月末から11月にかけて野球部員に対して、県教委職員による聞き取り調査を実施。部員から「今までで一番怖い監督」「野球をよく知っていて指導はしっかりしてくれている」などといった回答があったという。
 同校によると、6月に野球部を退部した際、生徒は「野球部にいる意味がない」と監督に伝えた。しかし両親には「監督が嫌だった」とも話し、さらに7月にマネジャーとして野球部に復帰する際、生徒は両親に「マネジャーなら叱られなくなくて済む」と打ち明けていたという。
 学校側は、体育科教諭が厳しい口調で部員を指導していたことを認めた上で、「亡くなった生徒にだけ強く指導していたということはない。生徒によって受け止め方がさまざまだ」としている。広本校長は「学校による調査では限界を感じている。客観的に判断できる第三者に調査をお願いしたい」と話した。今後については「保護者や生徒への説明会を開きたい。指導のあり方について見つめ直したい」と話した。

 県教委は生徒の両親の要望を受け、昨年10〜11月に部員全員(24人)の聞き取り調査を実施した。
 その結果、生徒は退部前、他の部員に「監督に怒られるのが嫌で、辞めたい」と漏らしていたことが判明。復帰した日も監督からミーティングで「マネジャーなら黒板くらい書け」と叱られたほか、自殺直前の7月25日の練習中には「声を出せ」と注意され、練習後も一人呼び出され指導を受けていたことがわかった。生徒はその日の帰宅途中、他の部員に「俺はマネジャーじゃない。ただ存在するだけ」と話したという。
 また、監督は練習中に別の部員に対して「殺す」などの言葉を使ったり、パイプ椅子を振りかざしたりしていたという。県教委に対し、監督は「気合を入れるためで厳しい指導や叱責は指導の一環だ」と説明。11月中旬に監督を退いた。

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