破綻の道程:堀越学園解散/3 補助金3億円狙い医専 大学運営専心せず /群馬
毎日新聞 2013年4月1日(月)10時47分配信
学校法人堀越学園(高崎市)が04年4月に開学させた創造学園大学は、2年目の05年度から全学部・学科で定員割れとなった。そんな中、同学園は東京都内の学校法人に売却した土地のうち、下滝キャンパスを買い戻し、06年4月に理学療法士、作業療法士を養成する4年制の高崎医療技術福祉専門学校(医専)を開校させた。将来、同大に組み入れる構想だったという。
「どこの法人も開学から4年間は大学運営に専心する。背伸びして作った大学なのに堀越はそれを我慢することができなかった」。設立準備に加わった元教授は振り返る。
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12年7月27日、堀越哲二元理事長は創造学園大運営の司令塔ともいえる「学長室」で記者の取材に応じた。解任された学長・理事などの地位保全を認めた仮処分決定後、取り戻した部屋だ。
「当時は理学、作業療法士が不足していて、学校を作れば国から3億円の補助金が出ると聞かされ、その人に開校準備を任せた。しかし、当てにしていた補助金は出なかった。うちぐらいの規模だと、単年度3億円の狂いは本当にきつい」。これが経営悪化に転じた最大の原因だと説明した。
同学園の財務書類には、土地の買い戻しに1億6400万円、鉄筋8階建て校舎の建設に約8億6500万円、空調などの設備に約1億5100万円が費やされたと記されているという。堀越元理事長は、教育機器に総額約4億円のリースが組まれたとも語った。
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同校の敷地には、江戸時代の庄屋の屋敷が残っていた。学園は開校直前の06年2月、総額3億5000万円で同家の改修を発注した。前橋地裁判決で堀越元理事長が横領したと認定された甲冑(かっちゅう)などが飾られていた日本家屋。医専の授業とは直接関係のない「学園の実習場兼資料館」にするためだった。
請け負った中堅ゼネコンが提訴した裁判記録によると、引き渡し直前の07年3月に契約金額引き下げの申し入れがあり、2億9000万円に減額。同年6月から何度も引き渡しに応じるよう求めたが学園は拒否、7月末に鍵と引き渡し書を郵送した。学園から着工直後に約1億円が支払われたが、「雨漏りがある」ことを理由に残金は支払われなかったという。
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裁判は08年10月、残金1億8500万円を3年分割払いすることで和解が成立したが、学園はほとんど支払っていないという。
この庄屋屋敷には、江戸時代に倉賀野に来た代官が滞在する部屋があった。「歴史的に貴重な資料なのに、そんなことはお構いなしだった」。歴史に詳しい教員は苦々しく語った。【増田勝彦】=つづく
4月1日朝刊