両親の感情を逆なで 刑事事件に発展させた桜宮高元顧問の「電話」

両親の感情を逆なで 刑事事件に発展させた桜宮高元顧問の「電話」
産経新聞 2013年9月28日(土)19時22分配信

 「どんな罰も受け入れます」。法廷でそう語った元顧問は執行猶予付き判決に深々と頭を下げた。大阪市立桜宮高バスケットボール部主将の男子生徒=当時(17)=が体罰を受け自殺した事件で、大阪地裁は9月26日、傷害と暴行の罪に問われた元同校教諭で同部顧問だった小村基(はじめ)被告(47)=懲戒免職=に懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。閉廷後に「教師として、男子生徒の気持ちをもっとおもんぱかるべきだった」と語り、控訴しない意向を示した小村被告。だが、生徒の自殺直後は、現場復帰への甘い期待を抱いていたという。体罰が原因で生徒が自殺したことを、あまりにも軽視しすぎていたのではないか。「心の傷を傷害罪として評価すべきだった」「日本はスポーツ政策後進国だ」。専門家らが口々に指摘するように、今回の事件がもたらした教訓は、重い。

 ■「復帰を許してくれるか」

 男子生徒が自殺して間もない今年1月5日のことだった。生徒の両親の元に1本の電話が入った。小村被告だった。「今日の話を校長にしてよいか」。唐突な話に両親はいったん電話を切った。

 今日の話−。この日、小村被告は1人で遺族宅を訪れていた。両親は追い返すこともできず、さまざまな話をした。

 息子の自殺は小村被告に原因があると思っていたが、小村被告にも妻と2人の子供がいる。ちゃんと処罰を受け、反省をすれば、体罰をしない指導者として戻ればいいのではないか。そんな話をした覚えはある。しかし−。

 約5分後、再び電話が鳴った。「何の話なのか」「まさか復帰の話か」。疑念を抱きつつも耳を傾けると、「復帰を許してくれると話してよいか」。遺族から現場復帰の了承を得た、と報告することへの許可を得る電話だった。

 「もういい」。両親が抱いていた小村被告へのわずかな信頼や期待が崩れた瞬間だった。

 昨年12月に生徒が自殺した当初、遺族の小村被告に対する刑事処罰感情は、峻烈とまではいかなかったとされる。強豪校ゆえの厳しい指導。体罰を容認する気持ちもどこかにあったのかもしれない。

 だが、自らが死に追いやった息子のことも顧みず、復帰への話を持ち出す小村被告の態度に両親は失望し、大阪府警に小村被告を告訴した。

 府警は暴行と傷害容疑で書類送検し、大阪地検も犯行の悪質性を重視。正式起訴に踏み切り、小村被告の体罰は公開の法廷で裁かれることになった。

 ■体罰を厳しく非難

 9月26日午前10時50分、大勢の報道陣やカメラが待ち受ける中、小村被告を乗せたタクシーが大阪地裁に入った。車中の被告は黒のスーツに白いシャツ、ネクタイ姿。無数のフラッシュを浴びながら、口を真一文字に結び、固い表情を崩すことはなかった。

 地裁前には、32席の傍聴券を求めて、300人以上が列を作った。傍聴席が埋まった603号法廷。被害生徒の両親と兄が検察官の後ろ、小村被告は弁護人の横に座り、開廷を待った。午前11時半、裁判官に促されると、小村被告は遺族に頭を下げてから証言台の前に立った。

 「被告を懲役1年に処する。この裁判が確定した日から3年間、その刑の執行を猶予する」

 執行猶予付きの有罪判決を言い渡された小村被告は身動きせず、遺族もほとんど表情を変えることなく、小村被告を見つめた。父親は時折、唇をかみしめた。

 判決は「生徒が体罰で肉体的苦痛、精神的苦痛を受けたことは、自殺したことからも明らかだ」と体罰が自殺の一因になったと指摘し、「生徒は罰を受けるようなことをしておらず、被告が満足するプレーをしなかったという理由で暴行を加えられた。理不尽というほかない」と続けた。

 小村被告については、「自分の体罰や暴力的指導について保護者から苦情を受けたりしており、自己の指導方法を顧みる機会があった」と厳しく非難した。

 直立したまま判決を聞いた小村被告。「あなたの責任は、これに尽きるものではない。遺族らの思いを心に刻み、贖罪(しょくざい)に努めるよう希望します」と裁判官に説諭されると、深々と頭を下げた。

 ■納得できない2つの理由

 「大切な息子を亡くした遺族にとっては、なかなか納得できない」。判決後、記者会見した両親は割り切れない思いを吐露した。

 理由の一つは、息子の自殺という結果とはあまりにも乖離(かいり)した執行猶予付きという量刑だ。

 父親は「遺族の気持ちとしては、傷害致死にあたると思っている。それに相当する刑だったらよかった」といい、母親は「執行猶予は仕方ないのかなとも思うが、やはり実刑にはならなかったんだな…」と無念さをにじませた。

 もう一つの理由は、「指導を顧みる機会があった」小村被告が、なぜ止まることがなかったのか。教育現場が抱える構造的問題が究明されなかったことだ。

 公判は判決を含め2回、審理が行われたのは1回だけだった。遺族らは被害者参加制度を使い、法廷で「なぜ執拗(しつよう)に暴力をふるったのか」と小村被告を問いただした。

 だが、返ってきたのは「強くなってほしかった」「精神的、技術的に向上してほしかった」という釈明ばかり。納得のいく理由を聞くことはできなかった。

 父親は「暴行、傷害事件としての裁判であれば、これが今の司法の限界なのか」と嘆いた。

 事件後も各地で体罰は絶えない。母親は「教育現場で認識が浸透していない証拠。暴力を受けて育った指導者が指導で暴力をふるう負の連鎖は根深く続いている」と憂えた。

 今月に入ってからも、浜松市の高校の男子バレーボール部顧問が、部員の男子生徒の顔を平手打ちしていたことが発覚。動画投稿サイトには体罰の様子を隠し撮りした映像が投稿され、生徒が無抵抗のまま殴られる無残な光景が流れた。

 母親は息子の姿と重なったといい、「ショックだった」と声を詰まらせ、「隠し撮りした映像を証拠にしなければ処分できない状況をたださなければならない」と訴えた。

 ■判決に込められた意味

 今回の事件や判決が持つ意味は何なのか。

 父親は「『今回の事件を教訓に』というのは、遺族にとってはあまりにつらいが…」としながら、「みんなで必ずなくすという気持ちで、世の中を変えていかなければならない」と、今後も体罰撲滅を訴え続けていく決意を示した。

 「刑罰という範囲で自殺との因果関係を直接問えない以上、今回の量刑はめいっぱいだ」。検察幹部がいうように、スポーツ指導の場での体罰に懲役刑が科されるのは異例だ。

 ただ、事件を1人の暴力教師による暴走という形で矮小(わいしょう)化してはいけない、という指摘は専門家の間で多く聞かれる。

 ラグビー元日本代表で、芦屋学園中学校・高等学校の大八木淳史校長は、暴力的指導が根絶されない日本をスポーツ政策の「後進国」と位置づけ、「司法によって裁かれることを重い事実として真摯(しんし)に受け止め、いい方向に変えるきっかけにしたい」と話す。

 「アスリートが指導者になったとき、現役時代の経験を基準に価値観を固定化してしまうと、対応を誤ることになる。ルールが変わっていく中で自分も変わらなければいけないし、勝ち負けだけでなく、多様な価値観を教えるべきだ」

 柔道女子日本代表の暴力指導問題で、告発した選手の代理人を務めた辻口信良弁護士(大阪弁護士会)も「暴力を振るわなければ指導できないのは、指導者として失格」と指摘する。

 一方、諸沢英道・常磐大大学院教授(被害者学)は「おそらく数十年前から体罰はいけないといわれていたが、実際に教育関係者が刑法上の責任を問われることはほぼなかった」と話す。

 その上で今回の事件について「身体的な負傷だけでなく、自殺にまで追い込んだ心の傷を傷害罪として評価すべきだった。一般の傷害事件より重く処罰するなど厳正に臨む必要があった。検察が起訴内容に盛り込み、裁判所が判決で認定すれば実刑もあり得たはずだ」との見方を示した。

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