それは“1本の電話”から始まった…「私がマネーロンダリング事件の容疑者に?」一人暮らしの父が総額1億5000万円をダマし取られるまで――映画『ジェリーの災難』ジェリー・シュー(俳優)

もっと人生を楽しめばよかった。ジェリーには一抹の後悔がある。台湾からアメリカに渡って40年。エンジニアとして働き、3人の息子を育て上げた。浪費家の妻とは別れ独り身。“立派な死より無様な生”を信条に慎ましやかに余生を送る……はずだった。そこに一本の電話が鳴る。中国警察? 私がマネーロンダリング事件の第一容疑者? 逮捕されて強制送還? 電話口の男は言う、君を助けたいから協力してほしい。ジェリーは、家族にも告げず、男の指令を秘密裏に遂行していく。銀行を監視して写真を撮る、隠しマイクで行員との会話を録音する、そして、極秘に送金する。その額、98万8000ドル、およそ1億5000万円だ。 ……お気付きであろう。この後、“中国警察”とは音信不通となった。初老の男性が巨額の金を騙し取られた詐欺事件を描くこの映画、題して『ジェリーの災難』。驚くべきは、これが実話で、主演を務めたのが被害に遭ったジェリー・シューさんその人であることだ。 「あの頃、『007』のジェームズ・ボンドになったような高揚感があったんです。僕のスパイ活動を褒めてくれるだけでなく、“体の調子はどう?”と親身に気遣ってくれる。中国警察がこんなに優しいはずがないと思ってはいたのですが、電話口から聞こえる背景音、話し声はリアルだし、“あなたの無実の証明になるから、送金してくれ”と言われ、強制送還は絶対に嫌で、信じてしまったんです」 親父はスパイらしい。ロー・チェン監督は、プロデューサーとして10年来の付き合いになる、ジェリーの次男ジョナサンから、冗談とも本気ともつかない相談を受けた。 「でもジェリーから顛末を聞くほどに、これは映画になると思えました。フィクションとして撮るなら、高齢で中国語も英語もできる役者は……ジェリーしかいない。彼も、抜群の記憶力で詐欺師との会話を再現した脚本を書いて、『スパイ映画なら出てもいい』と(笑)。彼自身が演じることで、移民が本能的に感じる権力への恐れと、サスペンション・オブ・ディスビリーフ――非現実的とわかっているのに、ひとつの真実らしさで信じてしまうこと、は誰にでも起きうるのだということを追体験してほしいと思いました」 「こうした詐欺の手口を知ってほしい」と警鐘を鳴らしつつも、主演俳優は嬉しそうだ。 「僕の映画を作ろうという息子を助けられたし、家族と集まる機会もできた。僕の人生が、こんなに変わるなんてね」 Jerry Hsu/台湾生まれ。1970年代に渡米。家族を支えるため、脚本家と俳優という夢を諦め、エンジニアとして40年勤めた。自身に起きた詐欺事件について脚本を書き、主演を務めた本作は、スラムダンス映画祭やサンタバーバラ国際映画祭など世界の40もの映画祭にノミネートされ、多くの賞を受賞した。 INFORMATIONアイコン映画『ジェリーの災難』(公開中) 2023年製作/アメリカ/75分 ©2023 Forces Unseen, LLC. 主演:ジェリー・シュー 監督:ロー・チェン 脚本:ジェリー・シュー/ロー・チェン 配給:NAKACHIKA PICTURES https://jerry-movie.com/

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