中学校よ、競争を厭うな 内申書に絶対評価導入へ
産経新聞 2012年6月5日(火)15時22分配信
【西論】
遅ればせながら、大阪府の公立高入試の内申書に絶対評価が導入される方向になった。
中学生の学力を客観的に評価する絶対評価は平成13年度、文部科学省が、生徒の学習記録である指導要録を相対評価から切り替えるよう通知して以来、全国の都道府県教委が採用。公立高入試の内申書も順次、相対評価から絶対評価に変わり、平成18年度までに46都道府県が導入した。大阪府だけがいまなお、相対評価である。
大阪府教委が相対評価に固執する理由は表向き、入試偏重の度合いを薄めることである。しかし実際は、学力の自治体間格差、中学校間格差が浮き彫りになることを嫌ってのものという側面が大きい。
相対評価は、学校内で相対的に学力を測り、数字化するものだ。例えば、最高評価の10と最低評価の1は各3%と決まっていて、その比率で生徒を振り分けていく。どの学校でも最高評価を受けるのは3%だけ。あくまでも相対的な評価で、学校内での成績順位は反映するが、入試で重要な学区全体での成績順位は必ずしも反映しない。
この結果、成績上位校の生徒には不利で、下位校の生徒には有利という現象が実際には起こるが、そうした差異はないという建前で作るのが相対評価の内申書である。「あの中学校の7はこの中学校の10に勝るな」。こんな言葉が、入試の得点と内申書を合わせ見ながら、合否判定者から出るのが大阪府の公立高入試なのだ。
この矛盾を容認できなくしたのが橋下徹・大阪市長が府知事時代に先鞭(せんべん)をつけた公立高の学区撤廃である。少子化時代の公立高再編成をにらんで平成26年度からの実施準備が進み、入試の公平性を確保するために、府内全域に通用する尺度で学力を評価する必要が生じた。絶対評価を導入せざるを得なくなった背景である。
◆大切なのは格差解消努力
絶対評価では、ある学校は10が多いが、ある学校では少ないといったことが明確になる。このために「差別的意識を生む」「学力偏重になる」「競争激化を招く」といった声が学校関係者を中心に上がるのは必至だ。
思い出したいのは4年前、第2回の全国学力テストの結果を橋下知事(当時)が、市町村別で公表しようとした際の騒動である。多くの教育委員会、教師らが「競争をあおる」などとして渋り、猛反対した。
弊紙でも、その結果を掲載するかどうかを編集局会議で議論したが、掲載に踏み切った。府全体で全国45〜47位に低迷する学力の実態は看過できず、改善するためには現実を広く知ってもらい、問題点をあらゆる角度から追及する必要があるという判断だった。
市町村別成績の掲載は、府が独自で始めた学力テストでも続けている。昨年6月に実施した学力テストでは、中学3年生を対象にした国語、数学、英語の正答率で自治体間に10〜18ポイントの差があった。この差を詰める努力を、該当する教育委員会には行ってもらわねばならない。
今、大切なのは学力格差を解消する努力である。教育的配慮という美名の下で格差が放置されてはならないし、絶対評価を導入するからには、もう怠業は許されない。その自覚をあらゆる学校関係者に求めたい。
◆過ちを繰り返すな
学校関係者が陥りやすい自己満足は平等の絶対視、競争の罪悪視である。そのために大阪府の公立高入試でも過去に多くの過ちがあった。
例えば一部の学区で、成績順に受験校を決める輪切り指導を排除するという名目で公立中が、地元集中の進路指導を行った時代がある。最も近い高校に進学するよう生徒に勧め、逆らえば内申書を書かないという騒動まで起こした。結果として、高校が公立中学校化して大学進学実績が急落した。反比例するようにその学区では、私立高と進学塾が急成長した。
私立高入試で「事前相談」が横行した時代もある。中学教師が生徒の成績を持って私立高に出かけ、受験した場合の合否の感触を得ようとする行為である。定員を早く確保したい私立高側は成績優秀者には合格の「約束」を与えた。受験するなら成績不振者を1人引き受けるという約束をするケースまであった。これを「抱き合わせ」という。
この場合でもめたのは成績優秀者が受験校を変更する際である。約束をした中学教師が変更を認めようとせず、保護者とのトラブルが多発した。この時には府教委が「受験の自由は生徒と保護者にある」と通知して収拾を図った。
絶対評価の導入で学力をめぐる競争は激化するだろうが、競争は成長を促す。その必要性を教え、学力を上げる指導に全力を挙げるのが教師の本分である。一方で、学力ばかりが人間の価値ではない、多様な価値観があると教えるのも教師の重要な仕事だ。ただし、競争を避ければよし、とする教育はもう通用しない。少子化時代で、求められる教師像は確実に変化している。そのことについては後日、稿を改めて詳述したい。(編集委員・安本寿久)