「管理教育の犠牲者だった」校門圧死事件30年 市民活動、変わらぬ願い

「管理教育の犠牲者だった」校門圧死事件30年 市民活動、変わらぬ願い
神戸新聞NEXT 2020/7/4(土) 11:30配信

 兵庫県立神戸高塚高校(神戸市西区)で、男性教諭が閉めた校門に女子生徒=当時(15)=が頭を挟まれ死亡した事件から6日で30年になる。厳しい指導と規則で生徒を縛る「管理教育」の象徴ともいわれた事件を風化させまいと、元教員らでつくる市民団体が追悼行事や情報発信を続けてきたが、メンバーの高齢化を理由に活動に区切りをつける。「学校で命が失われた事実を忘れないで」。歩みを記念誌にまとめ、変わらぬ願いを口にする。(井上 駿)

 事件は1990年7月に起きた。全国の学校では80年代から校内暴力など学校の荒れが問題化し、90年代に入っても管理教育が続いていた。

 同校も「遅刻すれば校庭を2周走る」などの罰則や、校門の前で生徒の服装をチェックする「校門指導」を強化。そして、午前8時半のチャイムに合わせ登校した女子生徒の頭を、教諭が閉めた重さ約230キロの鉄製門扉が押しつぶした。

 「あの日は1学期の期末試験があり、部活動の朝練もなかった。生徒はぎゅうぎゅう詰めで最寄りの市営地下鉄西神中央駅から学校になだれ込んだ」。当時、同校の教員で、今も追悼の活動を続ける高橋智子さん(78)=神戸市西区=は振り返る。「女子生徒は普段、遅刻するような生徒ではなかった。管理教育の犠牲者だった」

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 事件後、管理教育の見直しを求める教員や保護者、弁護士らが「ぐる〜ぷ 生命の管理はもうやめて!」を結成。93年には、神戸高塚高が事件現場の校門をまだ新しいのに撤去したことを問題視して民事訴訟を起こし、裁判ニュースを発行した。その後も「高塚門扉」とタイトルを変えて会報を出し、事件発生日に門の前で追悼集会を続けた。

 「マンモス校で起こるべくして起きた悲惨な出来事だった」とメンバーら。

 当時の神戸市内は大規模開発で人口が急増。同校も西神ニュータウンの人口が増え、全校生約1500人のマンモス校に膨れあがっていた。教員数は追いつかず、管理教育に頼っていたという。

 長年、会報の編集作業を担った所薫子さん(67)=同市中央区=の長男は当時中学3年生。女子生徒と同世代だった。

 ゆとり教育が導入されるなど、学校と生徒を取り巻く環境は様変わりしたが、「当時は長男が犠牲になっていてもおかしくないと感じた。その思いが活動を支えてきた」と振り返る。

 記念誌は、今回で最後となる90号の会報の中から原稿を選び、複数のメンバーが30年の思いをつづった。

 今年も6日午前8時半から校門前で追悼集会をする。記念誌はA4判、534ページ、2020円。希望者は高橋さんTEL078・995・2933(月−土曜の午後1〜4時)

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 神戸高塚高校では3日午前、仲山恵博校長が校内放送で「生徒一人一人を大切に、安全で安心して学べる学校であり続ける」と全校生に語り掛けた。

 仲山校長は「事件を風化させず、教訓を受け継いでいく」と話した。

【神戸高塚高校校門圧死事件】1990年7月6日、兵庫県立神戸高塚高校で、登校してきた1年の女子生徒が、遅刻指導として男性教諭が閉めた鉄製門扉に頭部を挟まれ、死亡した。懲戒免職になった男性教諭は、業務上過失致死罪で執行猶予付きの有罪判決を受けた。当時の校則至上主義を象徴する事件として全国的に注目され、管理教育を見直すきっかけになった。

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