「体操服の下の肌着禁止」不可解な校則はなぜつくられるか

「体操服の下の肌着禁止」不可解な校則はなぜつくられるか
NEWSポストセブン 2021/4/3(土) 16:05配信

 男子は長髪禁止、女子はポニーテール禁止、下着の色は白、自転車通学時はジャージに限る、など理不尽な校則を体験して大人になった人は多いだろう。だが、この「校則」と呼ばれているものはほとんど、生徒手帳に文章で記載された校則に含まれていないことが分かってきた。しかし、なぜかその手の出典不明な「校則」は全国各地の学校ではびこっている。ライターの森鷹久氏が、なぜ謎ルールが制定され校則と同じ扱いで守られているのか、背景をさぐった。

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「体操服の下に肌着を着用してはいけない」など、独自の意味不明な規則がある一部学校の実態が、少し前に話題になった。テレビには取材に応じた当該学校に通う子の親が登場し、その理不尽さを訴え、学校側や教育委員会などに説明を求めたいと話す様子なども放送された。

 こうした問題が発覚すると、まず「悪者探し」が始まるのも常だが、規則を決めたはずの学校、そして教育委員会にその経緯を問うても、返ってくるのは要領を得ない、責任回避のような謝罪めいた言葉ばかり……。その無責任さに腹を立てた視聴者も少なくないだろうが、そこには学校側の知られざる苦悩、混乱があるようだ。

「私の学校にも、テレビや新聞で騒動を知った親御さんから何件か問い合わせが来ました。実はうちでも、体操服の下に肌着を着用してはいけない、という暗黙のルールがあったためです。さらにそのルールが女子生徒にしか課せられておらず、マスコミに知られたらまずいと、校長も教頭も慌てて対応していました」

 副島聡美さん(仮名・20代)は、千葉県内の公立中学校教諭。この騒動が起こるまで「肌着禁止」について、学校の内外から表立って指摘されたことはなく、改めて学校規則を見返してみても、そのような記にも見当たらなかったと話す。

「肌着禁止について、汗をかいたら冷えるからとか、体を鍛えるため、なんて回答をした学校もあるようですが、うちの学校で規則が制定された理由は一切わかりません。いつ誰が決めたのか、全く記録に残っていないんです。先生達が個別にクラス向けの配布プリントで『お願い』をしていたことはあったと思いますが」(副島さん)

 校則や規則ではないが「慣習」のようなものだったらしい。だからといって誰もが納得しているはずもなく、生徒や親から「なぜ」の声が上がらないわけでもなかった。しかし、謎ルールは受け継がれた。

「先生によって回答はまちまちですが、下着が透けて見えると良くないとか、寒さに耐える意味もある、と説明している方(先生)がいたのは知っています。それでも親御さんや生徒から重ねてのクレームが入ったこともなかったはずです。私は正直、ずっと違和感がありました」(副島さん)

 変だったが言い出せなかったという副島さんはまだ20代。自身もまた、幼少期に同様の指導を受けて育っている。副島さんの勤務先にほど近い、同じ千葉県公立中の元教頭・佐藤勇二さん(仮名・60代)は、今更問題になるとは、と若干驚きつつも「慣習」について次のように述べる。

「校則はどの中学だって変わりません、公立ですから。肌着の件のような決まりは、個別の理由によって、その時々の先生方が決めた『方針』のようなもの。決まりではありませんが、要請によって『では、こうしていこう』といった具合で合意した、程度のもの」(佐藤さん)

 実際、佐藤さんがこれまで赴任した中学でも、こうした「方針」……というより「ローカルルール」が多く存在し、ルールが成立する瞬間もみてきたという。

「靴は全員同じで白い指定のズック(靴)、女生徒の靴下は白で一段折る、自転車に乗る場合『一文字』ハンドルでなくてはダメ……なんてのは変だなあと思いつつも、守るよう指導はしていましたね。今でも、中学生が校内で過ごす際は体操服に着替える、なんてもの(ルール)は残っているでしょう」(佐藤さん)

 文言で見ると不可思議なローカルルールだが、それぞれにそれなりの「制定された理由」もあると説明する。

「靴を自由にするとそこに貧富の差が出る、という親御さんからの申し入れですね。自転車は、カマキリ型ハンドルの自転車は素行不良の生徒が乗るもの、とされていたから。体操服に着替えるのは、毎日制服だと洗濯の手間などがあり、親御さんに負担がかかるから。靴下はなんだったかな、ちょっと思い出せない」(佐藤さん)

 一見するとまともにも思える理由が並ぶが、問題は佐藤さんが受けた「要請」の主が誰か、ということだ。

「それはもう親御さんに決まっています。あれはおかしいこれはおかしいと指摘され、話し合いでどうにかなるならいいです。でも、大人数で来られたり、ものすごく何度も何度も、根気強く要請されれば、学校側としても、特例という形で受け入れるしかないでしょう。我々が理解できないにしても、子供は地域で育てるべきだからということで、そうやって方針は決まっていきます」(佐藤さん)

 佐藤さんは言葉を慎重に選んでいるが、保護書からの強い要請、ほとんどクレームのような圧力があるから、不可思議なローカルルールが次々に成立していった、ということだろう。さらに悪いことに、そのような経緯で決定された方針やローカルルールは、時限立法的なものではない。この点については、佐藤さんも流石にバツが悪そうに続ける。

「いってしまえば、うるさい親御さんがいるから、その場凌ぎでルールを作る。その子達だけを特別扱いできないので、学校全体の方針になる。ルールを作った先生達は、ルールができた経緯なんて苦々しい話を後輩にせず、何年かすると移動しますよ。何年後かには、誰がなんのために作ったかわからないルールだけが残って、生徒も先生も困るんです。それがまさに今起こっているんですね。申し訳ない気持ちでいっぱいです」(佐藤さん)

 時代が変わり、教育が変わり、親や子供との関係性も変わっていく中で、過去の教師や親達が生み出した無責任な「置き土産」が今なお残滓として現場に影響を及ぼしているのなら、これほど馬鹿らしいことはない。

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