【モデルボクサー 高野人母美 9頭身ファイターの告白(6)】2009年に後楽園ホールで見た天笠尚君(東洋太平洋フェザー級王者)の試合に感動し、10年3月から山上ジムで本格的にボクシングを始めました。12年のロンドン五輪を目指したのですが、なかなか思うようにはいきません。そんな挫折を経験し、警察官になろうと決意しました。 貯金がいつまでもあるわけではないですし「安定した職業に就いた方がいい」という考えから採用試験を受けることにしました。アマチュアボクシングの経歴があるから合格は間違いないし「大丈夫」だと思っていましたが、12年9月、見事に落ちました。本当に考えが甘かったのです。 ただ警察官の採用試験に挑んだのには、もう一つ理由がありました。普段から周囲の人に「ダメだ」って指摘しちゃうところがあって「警察官になって悪いやつを全員逮捕だ」みたいな考えもあったからです。 なんでそんなふうに思うようになったかというと、当時交際していた男性にタクシーの中で殴られて眼窩底骨折の大ケガを負ったことがあったから。めっちゃ痛かったですよ。彼は“事件”の発覚を恐れたのか、住んでいた部屋に私を3日間ほど押し込めます。患部も氷で冷やすしかできない。それで「トモちゃん大丈夫…」みたいなことを言っていました。 何とかスキを突いて逃げ出すことができましたが、追いかけてきたらどうしようと、すごく怖かったです。彼は仕事もせず、私の部屋に入り浸り。アルコール度数9%のチューハイのロング缶をあおっては暴れるようなことを繰り返すようなヒモ男。ホント、ひどい男につかまってしまったと思います。 部屋から抜け出した後に病院に駆け込んだのですが、CT検査などで眼窩底骨折が判明しました。診断書も取って警察に被害届を出しに行きました。でも、こういう案件って警察は動こうとしないですよね。「なら、私が警察官になって動くしかないじゃん」と考えていたからなんです。 結局、警察官にはなれずに断念するのですが、当時通っていたジムの山上哲也会長から勧められたこともあってプロボクサーになることを決意します。12年11月のプロテストは不合格でしたが、13年の1月30日に再挑戦して合格します。その後、プロデビューすることをスポーツ紙が記事にしてくれ、その記事とすべての書類を持って警察に行ったんです。 プロデビュー戦(13年4月)の1週間前でした。「どうしても負けられないんです。でも、こいつにも勝ちたいんで被害届をお願いします」と懇願し、受理されました。結果は確か執行猶予がついて懲役1年ちょっとだったと思います。あんなに痛かったのに、これだけかって思いました。