「日本一忙しいテレビ司会者」と言われたタレント、みのもんた(本名御法川法男=みのりかわ・のりお)さんが1日未明、死去した。80歳。東京都出身。死因は明らかにされていないが、2019年にパーキンソン病と診断されていた。葬儀・告別式は故人の意向で近親者のみで執り行う。お別れの会を開く予定はないという。06年には「1週間で最も多く生番組に出演する司会者」としてギネス世界記録に認定されるなど、テレビの歴史に大きな功績を残した。 知人によると、みのさんは家族に見守られて息を引き取ったという。妻の靖子さんは2012年に亡くなっているが、長女、長男、次男と子供が3人と孫がいる。 みのさんは1月16日、都内の焼き肉店で食事中に牛タンを喉に詰まらせて救急搬送され、一時心肺停止となり治療を続けてきた。3万平方メートル超の神奈川県鎌倉市の自宅で一人暮らし。敷地内に棲むタヌキにエサを与えるのを日課にしていたという。家業の水道メーター製造・販売会社「ニッコク」の会長として、東京都港区の事務所にも出勤していた。 立教中に進学後、学校があった池袋西口で露天商のよどみない“しゃべり”に魅了された。立大では放送研究会に。アナウンサー試験はTBS、ニッポン放送と不合格が続き、最後に文化放送に採用された。入社2年後に深夜番組「セイ!ヤング」のパーソナリティーに抜てきされると若者らの支持を集め、人気アナとなった。 79年に文化放送を退社し、ニッコクに入社。営業社員として全国を回っていた時、フジテレビから週末の「プロ野球ニュース」の司会の依頼が舞い込んだ。プレー映像にアドリブで発したコメントが大好評で、「プロ野球珍プレー・好プレー大賞」のあの名調子が生まれた。 89年、日本テレビの昼の情報番組「午後は○○おもいッきりテレビ」の司会に起用されたのを皮切りに次々と仕事が舞い込んだ。05年には念願だったNHK紅白歌合戦の司会も務めた。06年には「おもいッきり」、TBS平日早朝の帯番組「朝ズバッ!」、土曜日放送の同番組の3つで「1週間で最も多くの生番組に出演する司会者」としてギネス記録に認定。3番組の総出演時間は21時間42分だった。08年には「おもいッきり」の開始時間が5分繰り上がったことから、22時間15秒となり自己記録を更新。みのさんをテレビで見ない日はなかった。 13年、日テレに勤務していた次男が窃盗未遂容疑で逮捕されたことで「朝ズバッ!」を降板。生番組の仕事がなくなったが、その後も収録のバラエティー番組の司会で存在感を示し続けた。東京・銀座での豪遊や酒豪ぶり、愛妻家としても知られた。 最後のテレビ出演は昨年12月19日。TBS「Nスタ」で同局アナとの対談で“しゃべり”へのこだわりを強調していたみのさん。「今は“無駄話”はたくさんあるみたいだけど」。頭に浮かんでいたのは「原点」という露天商の口上だったのか。テレビ史に輝く名司会者は、後輩たちに“課題”を残して旅立った。 ≪週2回のリハビリ&飲酒も欠かさず≫みのさんは昨年5月、スポニチ本紙にリハビリの様子を初公開した。「ニッコク」の会長室にベッドとフィットネスバイクを置き「週2回トレーナーさんに来てもらっている」と語った。パーキンソン病の治療は投薬とリハビリが中心とされており「指圧をしてもらったり、ラジオ体操の延長みたいなことを教えてもらいながらやっています」と機器にまたがり足を動かした。歩く足取りはゆっくりとなったが「考え込んでも仕方がない。今でも毎晩飲んでます。銀座はあんまり行かなくなった。週に1、2度だね」と明るく話していた。 【みのさんアラカルト】 ▽高額納税者 2004~05年に高額納税者ランキングタレント部門で2年連続1位。04年には2億101万円を納めた ▽芸名の由来 名付け親は放送作家の野末陳平氏(93)。本名である御法川の「みの」と、当時人気だった競走馬「モンタサン」に掛けて「もんた」とした ▽ミリオネア クイズの出題者を務め、決めぜりふの「ファイナルアンサー?」や、正解発表までの長い間が話題となった ▽鳩サブレー 手土産やお返しとして使用。「局に500個ぐらいドーンと送られてくることもあった」とテレビ関係者 ▽スタッフ思い 半年に1回ほど、翌日の生放送がない金曜日に「朝ズバッ!」スタッフを全員連れて熱海に慰安旅行を開催。貸し切りの旅館のお代は全てみのさん持ち みのもんた 本名・御法川法男(みのりかわ・のりお)1944年(昭19)8月22日生まれ、東京都出身。67年に文化放送に入社。フリーに転身後はTBS「どうぶつ奇想天外!」、フジテレビ「クイズ$ミリオネア」など長寿番組を多数担当。最後のレギュラーは読売テレビ「朝からみのもんた」で21年3月末に終了。安倍晋三氏、二階俊博氏ら政治家とも親交があった。