「おまえの代わりなんていっぱいいる」顧問の暴言罵倒が子供を死なす…現代の体罰は“殴る・蹴る”だけじゃない
Number Web 2021/5/31(月) 6:01配信
新学期が始まり2カ月。新型コロナウイルスの影響で、昨年度は中止になったインターハイや全国中学校体育大会が、今年度は行われる予定だ。各競技で都道府県予選も始まり、一定の制限を受けながらも部活動は学校で行われている。
そして、コロナ禍の部活動においても、「あってはならないこと」は起こり続けている。かねて、スポーツ界で問題となってきた暴力的指導。その暴力が変異した形で、根強くはびこっているのだ。
その実態を紹介するまえに、まずは8年前の出来事に時計を戻したい。
「体罰」という“異常文化”を浮き彫りにした事件
2013年1月、暴力根絶へのうねりを生んだきっかけとして、記憶している方も多いだろう。
練習試合などでミスをとがめては、繰り返し平手でたたく。顧問は常習的に暴力をふるっていた。キャプテンは「30〜40発はたたかれた」と家族に話した日もあった。
顧問は大阪市教育委員会の調査に、「気合を入れるため」「強い部にするためには必要」と、暴力を正当化した。
一般社会では許されないことが容認されるスポーツ界の異常な文化。この出来事は社会問題となった。
スポーツ界も危機感を覚え、同年、日本体育協会(現・日本スポーツ協会)や日本オリンピック委員会(JOC)などの主要な競技団体が「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を採択した。文部科学省の有識者会議も、許されない行為を具体的に示したガイドラインを設けた。各競技団体も、選手たちが相談できる窓口や通報制度をつくった。
その後、中学、高校、競技を問わず、部活動における暴力は次々と発覚した。指導者が処分を受ける事例は今も後を絶たない。ただ、そうした対策を通じ、暴力的な指導がわかった時点で学校や競技団体が問題視して処分に動くようになったことは、確実に進歩だと言える。
「体罰=殴る蹴る(有形の暴力)」ではない
そんな中で、「殴る」「たたく」「蹴る」といった有形の暴力はダメだ、という認識がスポーツ指導の現場に浸透してきたのも間違いない。ところが、今度は焦点を当てるべき暴力の種類が、「言葉」に変わってきているのだ。
先の「暴力行為根絶宣言」では、暴力行為に「言葉や態度による人格の否定、脅迫、威圧、いじめや嫌がらせ」も含めている。文科省のガイドラインでも、「身体や容姿にかかわること、人格否定的な発言」を許されない指導と位置づけている。
それでも、「言葉」「威圧」といった暴力への認識は甘く、逆にそれらが“台頭”する形になってしまっている。
そんな中、今年、沖縄県の部活動で、あってはならないことが起きた。
自ら命を絶ったとみられている。沖縄県教育委員会の第三者調査チームが3月19日に報告書を発表した。
LINEで深夜も顧問から連絡、泣きながら丸刈り……
報告書によれば、この部は県内や九州大会で優勝する強豪だ。生徒は「部活動特別推薦」で入学。昨年7月にキャプテンに選出された。
生徒は顧問から、「キャプテンをやめろ」といった精神的な負担となる言葉を、日常的に投げられていた。「LINE」を使い、夜中まで連絡を受けることもあった。昼夜を問わず、緊張状態に置かれていた、と想像できる。
大会前日に、泣きながら丸刈りにする様子が家族から目撃されていたこともある。報告書は「丸刈りは強制されたとまでは考えられないが、競技の勝敗の理由付けに髪形を利用されることを苦痛に感じ、丸刈りにするしかない心理状態に追い込まれていた可能性がある」と記述している。
自死する前日には、顧問の指示で週1度、通っていた学校外の施設での練習に向かおうと部活の練習を切り上げると、「時間が早い」と叱責されていたという。
「何が正しい選択なのか、どうすれば顧問に叱られずに済むのか、がわからず、行き場を失ったことが『最後の引き金』になった可能性が高い」
報告書は直接の経緯をそう結論づけ、「(自死の)要因は部活顧問との関係を中心としたストレスにあった」と総括した。
「勝利至上主義」と「顧問1人の密室状態」
そして、根底にある勝利至上主義を指摘する。
「部活のやりがいや楽しさより、勝つことを重視していた」
「顧問も部員も、優勝のプレッシャーを感じていた可能性が高く、主将も重圧を感じていたものと考えられる」
部の体制については、「指導を顧問一人が担っている現状」を問題点として挙げた。練習の様子が他者の目に触れる機会が少なく、不適切な指導があっても、それを把握できない密室の状態だ。
スポーツの強豪校では、「顧問に任せておけばいい」「結果を出しているので口出しできない」といった空気がある。この状態は、指導の仕方へのチェック機能が働かないリスクを招いてしまう。
また、報告書がいわゆるスポーツ推薦の在り方について言及していることにも注目したい。
この高校では、部活動特別推薦の出願時には、「部活動継続確約書」の提出が求められていた。実際には、部活動をやめても本人は退学にならないが、部に割り当てられている推薦枠を失わせるペナルティーが科されていたという。キャプテンに「やめる」という選択肢はなく、さらに追い詰められたと考えられる。
このケースでは、顧問は手も足も出していない。しかし、反抗できない生徒を精神的に追い詰めた言動が「暴力」であることが、理解されていなかったと考えていいだろう。
実は、同じことが3年前にも起きている。
バレーボール部員の死「おまえの代わりなんていっぱいいる」
翼さんは身長が197センチあり、中高時代とも全国選抜チームの合宿に参加した期待の星だったが、自筆の遺書には、「バレーボールが一番の苦痛」「ミスをしたら一番怒られ、必要ないと、使えないと言われた」という趣旨のことが記されていた。
遺族が詳しい調査を求め、岩手県教育委員会は第三者委員会を設置した。その調査報告書が昨年7月、発表された。
報告書では、部の顧問の叱責や暴言が自死につながる絶望感の一因になったと結論づけた。
「おまえの代わりなんていっぱいいる」
「背は一番でかいのに、プレーは一番下手だな」
「そんなんだから、幼稚園児だ」
顧問からそんな人格否定的な暴言を常習的に投げつけられ、公式戦の敗因を名指しで押しつけられたこともあった。自傷行為を疑わせる傷が、部員たちに目撃されていた。
この報告書では、言葉も暴力に含まれるというガイドラインの内容を、顧問が理解していないことも指摘していた。
遺族「何が暴力に当たるのか、という学びが急務」
「翼の時と同じことがまた起こっている。対策をとらず、放置しているのと一緒。沖縄のご遺族の心情が察せられます」
こう話すのは、翼さんの父親の新谷聡さんだ。
聡さんは建設業に携わる。「私の業界では、災害があった時、各社が集まって協議会を持ち、水平展開して防止策をつくる。そうした共通認識づくりへの努力が、学校スポーツ界はまったくなされていない。起きるべくして起こったと言われても仕方がない」
言葉や威圧で精神的に追い込む指導は、指導者自身が選手時代に受けてきた指導を、教える立場になっても繰り返す「負の連鎖」であるケースも少なくない。
「今の時代、そうした言動は一般社会で禁じられているハラスメントと同じで、本来は社会通念に照らし合わせれば、『やってはいけない』と解決する問題。それが、スポーツで実績を残して大学を出て、すぐ『先生、先生』と言われ、何が正しい指導か、学ぶ機会を持とうとさえ思っていないのでは」
聡さんは、何が暴力に当たるのか、という学びが急務だと、語気を強める。
「殴らなければ大丈夫」は、間違っている
殴らなければ暴力的指導には当たらない、という考え方は、ガイドラインに沿っても、社会通念に照らし合わせても間違っている。
そして、殴っていなくても、虐待ともいえる精神的圧迫を受けた部員たちに、取り返しのつかない悲劇が繰り返して起きていることを、スポーツ界全体が再確認してほしい。
(「Number Ex」中小路徹 = 文)