<降圧剤論文>販売元の社員名外す…京都医大元教授指示か
毎日新聞 2013年5月14日(火)2時31分配信
降圧剤「バルサルタン」の臨床試験を巡り、学術誌から論文を撤回された京都府立医大チームの責任者だった松原弘明・元教授(56)が、統計解析に関与した薬の販売元「ノバルティスファーマ」(東京)の社員の名を論文に出さないよう、部下に指示した疑いがあることが、関係者への取材で分かった。ノ社とのつながりを隠蔽(いんぺい)するためだった可能性がある。大学や日本循環器学会も同様の情報を把握しており、調査している。
同チームの論文は、血圧を下げるだけでなく、脳卒中や狭心症も抑える効果もあると結論付け、薬のPRに大々的に利用されてきた。研究チームは、臨床試験の実施要綱をまとめた2008年の論文でノ社は試験の設計やデータ解析などに無関係だと記し、統計解析責任者2人のうち1人の所属を「大阪市立大」としていた。この人物は、同大の非常勤講師を兼務するノ社の社員だったが、社名は明かしていない。チームは09年に試験結果をまとめた論文を発表。これには社員の名は記載しなかった。
関係者によると、この社員は試験の打ち合わせに出席、統計処理にも関わっていた。しかし松原元教授は部下に対し、論文に社員の名前を出さないよう指示し、社員の関与も他言しないことを求めたという。
これらの点について、松原元教授は弁護士を通じて毎日新聞にコメントした。論文に社員名を出さないように指示したり、社員の関与を口止めしたりしたことは「ない」と否定した。
09年の論文は、ノ社によるバルサルタン(商品名はディオバン)の宣伝に使われてきた。一方で、ノ社は松原元教授の研究室に5年間に1億円余の奨学寄付金を提供していたことも分かっており、研究自体の正当性やノ社の関与を疑問視する声が、関係する学会などで高まっている。
バルサルタンの臨床試験は、東京慈恵会医大▽滋賀医大▽千葉大▽名古屋大でも実施。いずれもノ社の同じ社員が関与していた。【河内敏康、八田浩輔】
◇何度も販売元の宣伝に…臨床試験結果の公表前
松原弘明元教授は、試験の成果を公表する前から薬の販売元「ノバルティスファーマ」(東京)の宣伝記事に繰り返し登場していた。
−−ぜひ、有意差を示してビッグジャーナル(有名学術誌)に発表していただきたいものです。
松原元教授「ええ、頑張ります」。
ある医療雑誌の2008年12月号。ノ社提供のページに、松原元教授へのインタビューが載った。「有意差」とは同種の薬よりも優れた効果を指す。「バルサルタンのジャパン・エビデンス(日本発の科学的根拠)集積が期待されます」。記事は、バルサルタンに有利な結果が出ることを期待するインタビュアーの言葉で締めくくられた。
そしてチームは09年、日本人の高血圧患者を対象にバルサルタンの心臓病予防効果などを示した論文を欧州心臓病学会誌に発表。これはバルサルタンの宣伝に繰り返し活用され、売り上げを支える要因の一つとなった。だが、今年2月、学会誌編集部は「重大な問題がある」と指摘して論文を撤回している。
3月、ノ社の三谷宏幸社長(当時、現最高顧問)は取材に応じ、松原元教授の研究室に奨学寄付金を提供していたことを認めつつ、「薬メーカーが試験データを触ることはない。論文は先生のご自身の見識で発表された。それが我々に都合がいいデータであれば(宣伝に)使わせてもらう」と述べた。
【八田浩輔、河内敏康】