これが体罰か ナイフで同級生脅した児童の頭たたいた校長退職…批判殺到
産経新聞 2013年8月26日(月)14時51分配信
大阪市立小学校で、靴を隠されたことに立腹し、校内で同級生にナイフを突きつけた6年生男児や事情を知っていた別の同級生6人の頭をたたいたとして校長(62)が懲戒処分を受け、依願退職した問題が波紋を広げている。市教委には「指導に問題はない」とする意見が殺到し、教員からも「現場が萎縮し、指導が希薄になるのではないか」と懸念の声が上がる。大阪市立桜宮高校で体罰を受けた生徒が自殺した問題を受け、教育現場では「体罰規定の厳格化」が進んでいるが、今回の問題は新たな課題を突きつけている。(藤井沙織)
■電話など100件超
「熱血指導のいい先生を何で処分するんや」
「たたいて当然だ」
校長が戒告の懲戒処分を受けたことが報じられた今月1日以降、市教委への抗議の電話やメールは、数日内に100件を超えた。
発端は5月13日。前日に靴を隠されたことに怒った男児がシューティングナイフを学校に持参した。大道芸のナイフ投げなどに使われるもので、形状はサバイバルナイフに近いといい、男児は休み時間に“犯人”と疑った同級生に突きつけ、脅したとされる。
別の同級生6人が、男児からナイフを持ってきたことを打ち明けられながら学校側に伝えなかったことも判明。校長は男児と6人を呼び出し、それぞれの頭を平手で1発ずつたたいた。
「命に関わる案件だったので、厳しく指導しようと考えていた」。校長は、市教委の聴取にこう話したという。
■通達上は「体罰」
大阪市教委の人事担当者は「文部科学省の通達上、校長の行為は体罰と言わざるを得ない」と説明する。
体罰を禁じた文科省通達では、教員が手を上げる例の中で、教員自身への暴力に対する「正当防衛」と、他の児童らへの危険を回避するための「正当行為」が例外的に認められている。
だが、今回のケースは校長が呼び出した時点でナイフで脅す行為は収まっているとして、正当行為などには該当しないと判断した。
桜宮高での問題以降、体罰抑止に取り組む市教委は学校のトップが手を上げたことを問題視。重い処分が必要として、7月25日付で校長を懲戒処分した。校長は市教委に「責任を取りたい」と申し出、同月31日付で依願退職した。
学校関係者は、退職理由について「体調不良が原因と聞いている。以前から体調を崩しており、今回の心労で病状が悪化したのではないか」と推察する。
■「触らぬ神に…」
学校教育法では「繰り返し他の児童に傷害を与え、他の児童の教育に妨げがある」などと判断された場合、児童を出席停止の行政処分にできるという規定がある。しかし、今回のケースには当てはまらないと判断され、当該児童への処分は行われず、警察への届け出も見送られた。
一方、桜宮高での問題以降、小中学校では、児童生徒が教員に対して「手を上げたら体罰だ」などと挑発するケースが相次いでいるという。
ある市立中学校の校長は、今回の事例について「平手打ちは子供のことを考えての行為。懲戒処分はやりすぎだ」と批判し、学校現場の行く末を案じる。「今回のような事案で懲戒になるなら、教員は『触らぬ神にたたりなし』と考え、子供たちとの関わりが薄まるのではないか」
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◆「懲戒は過剰反応」
日本教育再生機構理事長を務める八木秀次・高崎経済大教授の話「懲戒処分は大阪市教委の過剰反応。戒めのため、あえて手を上げた行為は教育的指導として間違っておらず、校長は教育者として立派な方だと思う。市教委に集まる批判こそが世間の声。懲戒は重すぎる。市立桜宮高校の体罰とは明らかに意図が異なるのに、このように過剰に反応していては、教員が萎縮して指導ができなくなり、子供たちは増長する。今回の問題を契機に、体罰も含めて『教育とはどうあるべきか』を、今一度全国で議論すべきだ」
■独自マニュアル作り難航
体罰は学校教育法で明確に禁じられており、文科省は原則的に「いかなる場合も行ってはならない」と規定している。しかし、体罰に代わる問題行動への措置は明確でなく、教育現場に戸惑いがあるのも実情だ。
大阪市教委では今年4月以降、児童生徒の暴力行為や危険行為に対処する教員のためのマニュアル作りを独自に進めている。
桜宮高での体罰問題を契機に「教育現場からの体罰排除を目指すと同時に、児童生徒の暴力行為に対して教員がとれる行動を明示しなければならない」との思いが出発点にある。
だが、作業は難航している。当初は7月中の策定を目指し、素案を6月下旬に市教育委員会議に提出したが、教育委員から「もっと現場に分かりやすくしてほしい」などの指摘があった。ある教育委員は「期限を切って中途半端なものを作るよりは、時間がかかってもいいものにしたい」と話す。
ただ、市教委内部では「周囲の状況や経緯によって取るべき対応は異なる。果たしてどこまで踏み込めるのだろうか」と戸惑いの声も上がっている。