覚醒剤に手を染めた高校講師が払った高い代償
2011.4.23 07:00 産経新聞
大阪市西成区の路上で2月、覚醒剤を持っていたとして、大阪府立信太高校(和泉市)の元講師、山本誉雄(たかお)被告(30)=3月15日、懲戒免職=が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕、同罪で起訴された。違法薬物と高校教師という取り合わせに加え、密売地区近くでの現行犯逮捕という一報に関係者が受けた動揺と衝撃の大きさは計り知れない。学校側から「勤務態度もよく、熱心に生徒を指導してくれた」と厚い信頼を得ながらも、職場での悩みを打ち明けられず、「禁断の一線」を踏み越えてしまったようだ。(清宮真一)
かばんに“常備”
2月9日午前0時10分ごろ、大阪市西成区太子の市道交差点。パトカーで信号待ちしていた大阪府警機動警ら隊の警察官は横断歩道を渡る一群の中に、パトカーを見て突然、早足で立ち去ろうとした山本被告を見逃さなかった。
警察官が事情を聴こうと呼び止めた際には体を震わせていたという。パトカー内で所持品をチェックすると、黒いかばんからプラスチックケースが出てきた。
中には2つのポリ袋に小分けされた白い粉末と注射器2本。この組み合わせをみれば、警察官でなくてもピンとくるだろう。
逮捕現場近くは日雇い労働者や路上生活者らが行き交うあいりん地区。全国でも有数の薬物密売エリアとして知られる。
「自分で使うために覚醒剤を買っていた。最近も打った」
山本被告はその場で覚醒剤の所持とともに使用についても認めたといい、尿を簡易鑑定した結果、陽性反応が出た。
府警は覚醒剤約0・6グラムを所持していた覚せい剤取締法違反の疑いで、山本被告を現行犯逮捕。大阪地検は2月18日に同罪で起訴した。府警はその後、同法違反(使用)容疑でも追送検した。
密売地区の近くで現役高校講師が覚醒剤を所持−。事件が周囲に与えたショックは大きかった。
学校関係者は勾留先の警察署に駆けつけ、事実確認に追われた。府教委の担当者は「覚醒剤所持で、高校の教師が逮捕されるなんて信じられない」と戸惑いを隠さない。
山本被告は府警の調べと府教委の調査のいずれに対しても、あいりん地区での覚醒剤購入を否定。捜査関係者によると、当時持っていた覚醒剤は「インターネットで知り合った売人から以前に買った」と供述したとされる。
ストレスからの逃避か
府教委によると、山本被告は平成16年度から講師として登録し、20、22両年度に信太高校で勤務。22年度は1年生の副担任と進路指導を受け持ち、1年生の「理科A」(化学、物理)を週に計16時間教えていた。無断欠勤はなかったという。
“模範講師”にみえた被告が違法薬物に手を伸ばしたのは21年2月ごろ。府教委の調査に対して、こう明らかにした。
「スピードという名前で出回っていた覚醒剤をインターネットで初めて買った。当時は合法ドラッグという認識で、覚醒剤とは思っていなかった」
購入の動機については「生徒が言うことを聞いてくれず、授業が思うように進まなかった。ストレスを感じていた」と説明。眠れない日々が続き、医師からは睡眠導入剤の処方を受けていたという。
だが、学校関係者は「勤務態度は良好で、授業でも生徒に丁寧に対応してくれていた。ストレスといわれても思い当たる節がない」と首をかしげる。被告本人と学校側との間では認識のずれがあったようだ。
悩みを抱えていた山本被告が駆け込んだ先は高校の上司や同僚ではなく、会員制サイト「ミクシィ」。
22年8月ごろ、サイトの掲示板に「気持ちよくなれるもの」を探していると書き込んだところ、同年秋に会員から“返事”があり、今年1月までに同じ密売人から2回、覚醒剤計1・5グラムを購入。21年2月以降、6回にわたって使うほどにはまり込んでいた。
捜査関係者は「(逮捕時に)かばんに入れて持ち歩いていたのは、手放せなくなっていたことの裏返しではないか」と話す。
ここまで来ると、生徒と接する学校内での使用が疑われるが、接見に訪れた高校職員に対しては「一切ない」と否定。いずれも自宅で使ったといい、府教委の担当者にはこうもらしたという。
「同僚の先生に相談していれば、今回の事件は避けられたかもしれない」
高くついた代償
警察庁によると、昨年上半期にインターネットを通じて違法薬物を入手し、使用や所持などで摘発された容疑者の7割は初犯で、5割近くが密売人を知らないためインターネットを利用していたという。
山本被告も密売サイトを通じて初めて購入したとされ、初心者が簡単に薬物を入手できる実態が浮き彫りになるとともに、インターネットが薬物犯罪の「入り口」になっていることがうかがえる。
しかし、疑問もある。
逮捕当時に持っていた覚醒剤約0・6グラムは末端価格で6〜7万円に相当。府教委によると、講師歴7年目の山本被告の月給は25万円前後とみられ、「安くはない買い物」(捜査関係者)のはず。金銭面だけでなく、刑事責任や中毒のリスクを冒してもいいと思わせる“魅力”があったということだろうか。
「使っている間も、悪いことをしていると思っていた。それでもやめられなかった」
府教委の調査に、山本被告は「黒い誘惑」を断ち切れなかった心の内を打ち明けたという。
薬物事件に詳しい弁護士は「治療を受けても再び覚醒剤に手を染める経験者は少なくない。断絶までには20〜30年といった時間がかかるだろう」と指摘する。
覚醒剤所持と使用の法定刑はいずれも10年以下の懲役。この量刑について、ある捜査関係者はこう主張する。
「初犯であればほぼ執行猶予がつく、というのは被疑者や被告人の間で常識。その意識が違法薬物に対するハードルを低くしているのは間違いない。初犯にも実刑で臨むなど重罰化に向けて舵を切るべきだ」
覚醒剤に手を染めたことで職を失うだけでなく、生徒からの信頼をも裏切ることになった山本被告。「ストレス解消」と引き換えに払った代償はあまりに大きい。