2026年のテロ情勢において最も懸念されるのが、サヘル地域だ。テロ活動はサヘル地域を震源地とし、地政学的変動に乗じてギニア湾岸諸国へさらに波及する恐れがある。また、イスラム国ホラサン州(ISKP)の対外的攻撃性、ローンアクターによるデジタル過激化などにも注意が必要だ。【和田大樹】 国際的なテロ情勢は、2024年の動向を分析するに、2026年においてもその脅威が継続し、かつ地理的拡散の傾向を一層強めるだろう。 最新の統計(Global Terrorism Index 2025)によると、1件以上のテロ事件が発生した国の数は58カ国から66カ国へと増加しており、一部の例外的な地域を除けば、テロ活動そのものの件数は世界的に上昇している。 テロによる死者数は2024年に7555人に減少したが、これはその前年の特異な攻撃の急増に対する反動であり、テロの脅威が本質的に低下したわけではない。 【サヘル地域 テロの世界的中心地と地政学的変動の波及】 2026年における国際テロの震源地は、引き続きサヘル地域であろう。2024年において、世界のテロ関連死者数の過半数、すなわち51%を占めたこの地域は、地政学的な大変動の渦中にある。 マリ、ブルキナファソ、ニジェールといったサヘル諸国が、西側諸国から距離を置き、ロシアなどとの安全保障上の関係を強化する動きは、2026年においてもこの地域の安全保障構造を根本から変容させるであろう。 西側諸国の対テロ支援や軍事プレゼンスの縮小は、イスラム過激派組織、特にJNIM(イスラムとムスリムの支援団)に対し、活動領域をギニア湾岸諸国へと拡大する絶好の機会を提供している。2024年にはトーゴが過去最悪のテロ件数を記録したように、2026年においてはギニア湾沿岸諸国へのテロの波及が最も警戒すべきシナリオの一つとなる。 ブルキナファソでは一時的なテロ活動の減少が見られたものの、ニジェールで死者数が大幅に増加しており、今後の情勢は依然として極めて不安定である。さらに、金やウランといった天然資源を巡る競争が、サヘル地域の不安定化要因として作用し続けることも見逃せない。 この地域では、テロによる死者数が2019年以降ほぼ10倍に増加しており、世界で最も危険な地域としての地位を固めているのである。 【ISKPの国際的脅威】 また、イスラム国(IS)とその関連組織の抵抗力は、2026年のテロ情勢を形作る主要因となる。2024年において最も多くの犠牲者を出したISは、依然としてグローバルなネットワークを維持しており、その脅威は地域紛争の不安定化に乗じて拡大している。 特に、ISKPは、アフガニスタン、パキスタン、イラン、ロシア、中央アジアといった広範な地域で影響力を増しており、パシュトー語、ダリ語、ロシア語、トルコ語など多言語による巧みなプロパガンダ戦術を用いて新規の戦闘員募集を強化している。 実際、2024年にイランやロシアで発生した大規模なテロ事件の背後にISKPがあるとされ、2026年においてもその対外的攻撃性には注意が必要だ。 【西側諸国のテロ:ローンアクターとデジタル過激化の加速】 西側諸国におけるテロの様相は、2026年においてもローンアクター(単独犯)によるテロの増加によって特徴づけられる。2024年にはテロ事件が52件だった欧米では、組織的な連携を持たない若年層によるオンラインでの過激化が深刻な問題となっている。 彼らは、フリンジフォーラムや暗号化されたメッセージングアプリ、そしてソーシャルメディアのアルゴリズムによって増幅される過激なコンテンツを通じて独自のイデオロギーを構築し、予測不能な攻撃を実行する。 2026年においても、進行中の地政学的対立、特にガザ戦争の余波による反ユダヤ主義やイスラム嫌悪を動機とするヘイトクライムと連動したテロ事案が、欧米社会の安全保障にとって最大の国内的脅威であり続ける。 欧州ではテロ関連で逮捕された者の5人に1人が法的に児童と分類されており、過激化の低年齢化も顕著な傾向である。これらの単独犯は組織と直接的な結びつきを持たないため、諜報機関による追跡が極めて困難であり、テロ対策の新たな盲点となっている。 【AI技術の統合とテロ対策の新たな課題】 最後に、2026年以降のテロ情勢を根本的に変革する潜在的な要素として、AI技術の利用が挙げられる。テロ組織は、より説得力のあるディープフェイクの制作、ターゲット選定のための高度なインテリジェンス収集、そして個々人に合わせてカスタマイズされたプロパガンダの迅速な生成にAIを適用し始めている。 今後は、これらの先端技術がテロ活動に本格的に組み込まれ始める可能性があり、対テロ対策側に対し、技術的な監視と対策において前例のない複合的な課題を突きつけている。テロの地理的な拡散と、技術的な高度化という二重の脅威の下で、2026年の国際社会は、引き続き厳重な警戒態勢の維持を求められる。