浮世絵の版元だった蔦屋重三郎が主人公のNHK大河ドラマ『べらぼう』が話題になるなかで、人気絵師の浮世絵の偽物を大手インターネットオークションに出品してカネをだまし取った男が逮捕された。 「11月26日、警視庁神田署は、ネットオークションで偽物の浮世絵を本物だと装って販売したとして、福島県富岡町に住む東京電力ホールディングスの社員・野々山勝章(かつあき)容疑者(53)を詐欺の疑いで逮捕しました。 野々山容疑者は’25年4月13日に浮世絵を出品して、約120万円で販売した疑いがもたれています。落札した男性が偽物だと気づき、野々山容疑者にメッセージを送りましたが、連絡がつかなくなり、警視庁に相談したことから事件が発覚しました。野々山容疑者は、警察の取り調べに『弁護士が来るまで話しません』と認否を留保しているということです」(全国紙社会部記者) 野々山容疑者が出品したのは、歌川国芳の作品『相馬の古内裏』と月岡芳年の作品『奥州安達がはらひとつ家の図』の木版画の偽物2点。偽物とはいえ、精巧に作られたものだったという。 前出の社会部記者が解説する。 「『相馬の古内裏』が67万9000円、『奥州安達がはらひとつ家の図』が50万2000円で落札されていたといいます。 出品された偽物の版画は、野々山容疑者が本物の作品の画像データを入手したうえで、プリンターで版画用の和紙に画像を印刷し、時代を感じさせるよう、塗料を使って加工していたとみられています。また、本来の版画と同様に、裏面から見ると版画が透けて見えるように、裏面にも印刷がされていたということです。 また野々山容疑者の出品情報には、本物だと保証できるという意味で、タイトルに『真作』と記載されていたといいます」 11月28日、野々山容疑者は身柄を検察に送られた。朝9時ごろ、神田署の護送口から現れた野々山容疑者は、周りの警察官よりも頭ひとつ分大きかった。顔を撮影されたくなかったのか、マスクを目が隠れるまでにずり上げ、斜め上を見ながら警察に引きずられるようにして護送車に乗ったのだった。 ◆被害金額を取り戻すことは困難? ネット犯罪に詳しいライターは「この事件はネットオークションのシステムを悪用したものです」と指摘する。 「今回、野々山容疑者が利用したオークションサイトの決済システムは、購入者が落札して入金するとサイト側が代金を保管し、購入者に商品が到着したことの確認が取れた段階で、出品者に代金が振り込まれる仕組みでした。万が一、商品に不備があった場合は、出品者と購入者、当事者間での話し合いになり、解決しないまま28日間が過ぎると、代金が出品者に振り込まれることになっていたのです。 購入者は鑑定を依頼して偽物であることを証明しましたが、野々山容疑者と連絡が取れず、代金は振り込まれてしまいました」 今回の事件のように、オークションサイトで詐欺にあった場合、お金を取り戻すことはできるのだろうか。アトム法律事務所の松井浩一郎弁護士に聞いた。 「インターネットオークションの多くには補償制度が設けられております。そのため、一定の要件を満たせば補償の対象となります。しかし、前提として、インターネットオークションの本質は、出品者と購入者の直接的な取引にあり、運営側は、あくまで取引の場を提供する立場となります。そのため、詐欺行為の実行者ではない運営側が必ずしも代金を支払うとは限りません。 本来であれば、出品者本人に対して代金の返還請求を行うのが筋です。しかし、詐欺行為を行う者が代金の支払いに応じるケースは少なく、また、資力がない、連絡がつかないといった理由から、代金を全額取り戻すことができない場合も実際は多いです。 刑事事件として立件され、被害金が押収保全されれば代金を取り戻す可能性にはつながりますが、被害回復が必ずしもなされるものではありません」 ネットオークションの仕組みは便利だが、悪用されてしまった場合には、被害回復が困難な側面もあるという。詐欺に遭う危険性もあるネットオークションで、被害を防ぐ方法はあるのだろうか。松井弁護士が続ける。 ◆偽造品を製作することは罪になる? 「詐欺被害を完全に防ぐことは困難ですが、被害を最小限に抑える工夫は可能です。高額な商品については、出品者の取引履歴や評価、価格が相場とかけ離れていないかなどを慎重に確認することが重要です。また、補償制度や規約の内容を事前に把握し、被害が発生した場合には、期限内に異議申し立てを行い、取引記録や振込記録などの証拠を保存したうえで、早期に警察や専門家へ相談するようにしましょう」 ネットオークションの野々山容疑者のアカウントでは、他にも葛飾北斎の『富嶽三十六景』など7点の取引が確認されているといい、警察では他に被害者がいないか調べているという。 今回、野々山容疑者が行ったように、有名な浮世絵の偽物を作製したこと自体は罪に問われるのか。前出の松井弁護士によれば「刑法は、詐欺の予備行為については罰則規定を設けていないので、作製したという事実のみから直ちに犯罪が成立するとはいえないでしょう」とのことだ。 「もっとも、それを真作であると虚偽に表示し、購入者から金銭を詐取した場合には、詐欺罪が成立します。また、真作であることを裏付ける鑑定書や証明書などを偽造・使用していた場合には、私文書偽造罪・同行使罪が成立する可能性もあります」(松井弁護士) 浮世絵の偽物を作製できるような、高度な技術を持っていたと思われる野々山容疑者。高い技術力に慢心し、偽物だと見破られるとは思わなかったのだろうか。 今後、警視庁は他に被害者がいないかなど、全容解明を進めている。 ※「FRIDAYデジタル」では、皆様からの情報提供・タレコミをお待ちしています。下記の情報提供フォームまたは公式Xまで情報をお寄せ下さい。 情報提供フォーム:https://friday.kodansha.co.jp/tips 公式X:https://x.com/FRIDAY_twit 取材・文:中平良