07年の組長刺殺 逃走続けた勢被告、神戸・東灘署そばに14年から潜伏か 偽名でマンション契約

2007年に神戸で指定暴力団山口組系組長が刺殺された事件で、現場指揮役として指名手配されていた勢昇被告(77)の逮捕から、間もなく半年を迎える。山口組で権勢を失いつつあった直系団体・山健組(神戸市中央区)の内部で起き、後の山口組分裂にもつながった事件。逃走を助けたとして起訴された男らの裁判や捜査関係者への取材を通じ、18年にわたる潜伏生活の一端が浮かび上がってきた。 潜伏先は、東灘署から徒歩1分のところにあった。神戸市東灘区の低層マンション。1階にテナントが入り、上階には数戸の居住スペースがある。 勢被告は昨年10月、このマンションから出てきたところを、捜査員に確保された。「勢さんか」と声をかけられると、落ち着いた様子で「うん。そうや」と応じたという。 ■ ■ 事件は07年5月、神戸市中央区の路上で発生。山健組傘下の多三郎一家を率いる後藤一男組長=当時(65)=が刺殺された。山口組の執行部を公然と批判していた後藤組長に制裁を加え、執行部に恭順の意を示すため、山健組の幹部が計画したとされる。 約7年後の14年1月。このマンション3階に男女2人が入居した。男性の名義はナカジマカズヒコ。このナカジマを名乗って生活していたのが勢被告だった。 24年5月下旬、2人はいったんマンションを退居。しかし、その数日後には別の名義で再び賃貸契約が結ばれ、同じ部屋に勢被告が入居した。逮捕後の調べに、被告は「1人で住んでいた」と話したという。 近年の逃走を主に支えたとみられるのが、かつて配下にいたという無職中田智富被告(64)=京都府木津川市=だ。勢被告は月1回のペースで、中田被告の車に同乗して買い物に出かけていた。 マンション付近にはコンビニや高級スーパーもある。勢被告は「1人で買い物に行くことはあったが、車に乗せてもらう機会にたくさん買い物をしていた」などと説明したという。 兵庫県警が車の走行記録や携帯電話の位置情報を調べると、2人は大丸神戸店(神戸市中央区)の付近や、東灘のラーメン店やスーパーに立ち寄っていた。 ■ ■ マンション入居までの約7年間に勢被告がどこにいたのか、詳しい足取りは分からないが、少なくとも11年間は神戸に生活拠点を置いていた可能性がある。勢被告は組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)の罪で起訴された。捜査関係者によると、部屋からは拳銃2丁と実弾が押収された。 逃走資金を供与したとして、今年1月には山口組系組長の菱川徹被告(65)が、2月には神戸山口組系組長の西野雅之被告(53)が逮捕されている。 2021年には菱川被告から、23年には西野被告から、中田被告を通じて勢被告に資金が渡っていたとされる。県警は組織的な支援を受けていた可能性があるとみて、引き続き全体像の解明を目指す。 【山口組の分裂】神戸を拠点に最大派閥だった「山健組」出身の5代目山口組組長が2005年に引退し、名古屋が拠点の「弘道会」から6代目組長が就任。山健組など一部勢力に不満が募る中、07年の刺殺事件で山健組は「身内」を手にかけたとして求心力が低下し、弘道会の支配体制がさらに強まって15年の分裂につながったとされる。山口組と、新たに結成した神戸山口組は衝突事件を繰り返し、双方とも20年に「特定抗争指定暴力団」に指定された。神戸山口組は一部が絆会(旧・任侠山口組)となって離れ、池田組がたもとを分かった。山健組の大半は山口組へ復帰し、一部は神戸山口組に残っている。

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