「成田空港の拡張に賛成です」開港反対派の象徴だった「熱田派」石毛博道氏が「容認」へ“転向”した理由とは【独占告白】

4月2日、成田国際空港株式会社(NAA)は、滑走路の新増設に向けて、土地収用法に基づく強制収用の手続きを検討することを明らかにした。現在のB滑走路を1000m延伸し、さらに3500mのC滑走路を新設する計画。年間34万回の発着枠を50万回に引き上げることを目指している。NAAは国土交通省に方針を伝え、地元の理解を得たうえで、6月にも手続きの申請を正式決定する予定だ。 成田空港は1978年、新東京国際空港として開港したが、その過程では激しい反対運動が展開された。 「成田空港の予定地は、三里塚などに入植した開拓農民や、御料牧場跡地で農業を営んでいた人々が生活する場所でした。1966年、国が事前説明もなく空港建設を決定したことで、農民を中心に反対同盟が結成され、新左翼セクトも加わり、反権力闘争の象徴として運動が拡大していきました」(社会部記者) 1971年には、反対同盟が機動隊を襲撃して警察官3人を死亡させ(東峰十字路事件)、1978年には管制塔を新左翼セクトの学生らが占拠し、機器を破壊。開港が2カ月遅れるなど、衝突は激化した。開港後も運動は続いたが、1990年代に入り、反対同盟の一派である「熱田派」が国との話し合いに応じる。 「この話し合いの結果、強制的な土地収用について国が強引な手法を謝罪し、二期工事の収用裁決申請も取り下げることになりました。つまり、国が“強制収用は二度とおこなわない”と約束したわけです」(同前) 2002年にB滑走路が供用を開始し、成田空港は現在の体制へと移行。一部の農民や新左翼セクトがいまも反対運動を続けているものの、闘争は一応の決着を見たはずだった。だが今、“第2の開港”プロジェクトが進行しているなか、当時の反対運動を知る世代からは、三里塚闘争の再来を危惧する声が上がっていた。 そうしたなか、反対運動の先頭に立ってきた人物が、意外な胸中を明かす。 「成田空港の拡張には、賛成です」 そう語るのは、反対同盟熱田派の元事務局長・石毛博道氏(76)。4月3日、本誌の取材に応じた石毛氏は、三里塚闘争の渦中で1971年の東峰十字路事件などに関わり、これまでに計5回逮捕された経歴を持つ。現在も地元・芝山町で工務店を営みながら、空港問題と向き合い続けてきた。その石毛氏が“転向”した理由はどこにあるのか。 「発端は羽田空港の国際化でした。それによって、『これだけ苦労してできた成田空港が不要になるのではないか』という不安が、地元に広がったのです。それから、よい空港になることが町や地域のためになると考え、三里塚闘争をともに戦い、その後、芝山町長となった相川勝重氏と協力して、B滑走路容認へと働きかけました。 2015年からは、さらによい空港を目指して、相川氏と第3滑走路の必要性を訴えて、空港拡張の推進を進めてきました。国もNAAも、反対派だった私らが積極的に推進の立場を取るようになったことに、さぞ驚いたと思います」(以下、「」内は石毛氏) 石毛氏は「第3滑走路を実現する有志の会」を立ち上げ、住民とNAA、国との協議を重ねてきた。 「特にこの10年間、NAAなどとは非常に丁寧に話し合いをおこなってきました。今では、私の集落で拡張に反対する人はもういないね」 集落に23軒ほどあった農家は、今では3軒ほどに減少。高齢化と後継者不足のなか、住民の受け止め方も変わった。 「みんな、『ちょうどいいタイミングで滑走路が新たにできる』と言っているね。農地は国が買い取ってくれるから。私の家も滑走路予定地に入っているから、ほかの人とともに集落ごと移転する予定です。強制収用については、最終的にはやむなしだと思うね。NAAも我々も一生懸命に情報を提供してきたし、仮に実施されても、民家は対象にならないだろう。非難されるところはないと私は思っているよ」 一方で4月6日、現在も反対運動を続ける新左翼セクトの中核派は、機関紙「前進」で石毛氏らを名指しで批判。《「元反対派の住民」が率先して「早く強制執行をやってくれ」とNAAを後押し、最低最悪の役回りを演じている》と辛辣な言葉を投げかけた。だが、石毛氏は意に介さない。 「反対運動の支援者は、我々が“反権力の象徴”として、永続的に闘争をしてくれるものだと思っている。でも、私は農民に幸せになってほしいという思いで反対運動をやってきて、今でも同じ思いで空港拡張を推進している。思いは変わらないんだよね。地元で生きるとはそういうことなんだ」 もっとも、石毛氏の自宅には、今でも警察の監視カメラが設置されているという。 「警察が設置したいと言うから、どうぞと。2カ所、カメラがついているよ。いまだに私は危険人物らしいから」 かつての闘士の“転向”。それは、石毛氏のなかで矛盾するものではなく、この地に暮らす者としての必然なのか。

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