ガッツ石松さん逝く 「幻の右」「ガッツポーズ」「OK牧場」 数々の伝説を残して天国へ

プロボクシングのライト級で日本人初の世界王者となり、タレント・俳優としても活躍したガッツ石松(本名・鈴木有二=すずき・ゆうじ)さんが2日に肺炎のため都内の病院で死去した。76歳だった。11日、所属事務所が発表した。必殺の「幻の右」でWBC世界ライト級王座を獲得し、両手を突き上げて喜ぶ姿から「ガッツポーズ」との言葉が広まった。引退後は数々のバラエティー番組、ドラマ・映画にも出演。「OK(オッケー)牧場」などユニークな発言でも人気者となった。葬儀・告別式は近親者で執り行った。 「幻の右」「ガッツポーズ」「OK牧場」…。数々の伝説を残し、ガッツさんが天国へと旅立った。所属事務所のマネジャーによると、初夏に肺炎が見つかったが最近までは元気な様子だったという。今年3月8日には元日本ライト級1位の大嶋宏成さん(51)が会長を務める「大嶋拳闘倶楽部」のオープニングセレモニーに出席。両脇を支えられながら歩いていたものの、来賓あいさつでマイクを握り「OK牧場です」と笑わせていた。4月中旬まで仕事をこなしていたという。 2日に都内の病院で死去。葬儀・告別式は近親者で執り行った。くしくも2日は、2010年にガッツさんが提唱して設立した元世界王者の親睦会「世界チャンピオン会」のイベントが開催された。ガッツさんが初代会長を務めた同会イベントに、ファイティング原田氏(83)ら男女計53人の元世界王者が出席した。 ガッツさんは中学卒業と同時に上京し、1966年にヨネクラジムから17歳でプロデビュー。73年9月には敵地パナマで後に世界4階級を制覇する“石の拳”ロベルト・デュランの持つWBAライト級王座に挑戦するも10回KO負け。74年4月の3度目の世界挑戦で、WBC同級王者ロドルフォ・ゴンサレス(メキシコ)に8回KO勝ちし、日本人として初めて同級世界王者となった。世界王座獲得までに喫した11敗は、現在でも最多黒星記録だ。 リング上でも“役者”だった。清水次郎長の子分「森の石松」にあやかり「鈴木石松」のリングネームでデビュー。縞(しま)のカッパに三度笠の股旅スタイルで入場した。デュラン戦後に周囲から「ガッツのあるボクサーに」との願いを託され「ガッツ石松」に改名。ゴンサレス戦で8回に最初のダウンを奪った右ストレートは「幻の右」として有名になった。左右のパンチを短い間隔で繰り出すことで右腕の動きが見えにくくなることから、「おれが試合後に勝手に『幻の右』と命名した」という。また、世界戦で勝利し両手を挙げて歓喜する姿は、報知新聞の柏英樹記者が「ガッツポーズ」と報じ、広く知られるようになった。 リング外でも話題豊富だった。東洋王者だった72年10月、東京・池袋で元ボクサーの弟らが酔漢とケンカになり、電話を受けたガッツさんは現場へ直行。8人をパンチ8発で“KO”した。現行犯逮捕されたが、事情聴取に「東洋王者の賞状に、チャンピオンはいつ、いかなる時でも、誰の挑戦でも受けなければならないと書いてある」などと供述。2日間勾留されたが、正当防衛が認められてライセンス停止は免れた。 世界王座を5度防衛するも76年5月に王座陥落し、79年に引退した。引退後はユニークなキャラクターを生かしてタレントとして活躍。NHK連続テレビ小説「おしん」などのテレビドラマや日米の映画に出演した。みんなに愛された「伝説」のチャンピオンだった。

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