聖地エルサレムで何が起きているのか…修道女襲撃事件が示した宗教共存の危機

エルサレムの路上でフランス人修道女が暴行を受けた事件は、イスラエル国内でキリスト教コミュニティーに対する敵意が高まっていることを改めて突き付ける。 男はユダヤ教徒がかぶる「キッパ」と呼ばれる帽子と儀式用の房飾りを身に着けていた。その後、ヨルダン川西岸の占領地に住む36歳のイスラエル人入植者と判明。イスラエル検察当局によると、容疑者は身柄を拘束され、宗教グループへの敵意を動機とする暴行罪で起訴された。 イスラエルでは近年、キリスト教徒に敵意を示す暴力行為が処罰されないことが多いと、批判が出ている。当局が個別の事件として扱い、宗教的過激主義など、より大きな問題の兆候として捉えていないという指摘もある。 キリスト教コミュニティーへの攻撃は、直接的な危険をもたらすだけではない。イスラエルの国際的な評価を損ない、キリスト教社会との重要な関係を悪化させる恐れがあるのだ。イスラエル、特にエルサレムにおける宗教の自由をめぐる懸念は、外交上、極めて重い意味を持つ。 キリスト教徒に対する言葉や身体的な嫌がらせに加え、教会や宗教的シンボルへの冒瀆行為は、イスラエル国内における宗教コミュニティー間の微妙な均衡に深刻な緊張をもたらしている。 その均衡は長年にわたり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとってそれぞれ聖地であるというエルサレムの特殊性により保たれてきた。特に旧市街では、複数の宗教の聖職者や信徒が近接して暮らし、礼拝を行っている。しかし近年、ユダヤ民族主義者や宗教的過激派の台頭により、その均衡が脅かされている。 4月28日、エルサレムのダビデ廟近くでユダヤ人の男がフランス人のカトリック修道女を襲撃する事件が発生。防犯カメラは男が背後から修道女に駆け寄り、石畳に突き飛ばす様子を捉えている ISRAELI POLICE-X (4) 『仲間ではない者』には行動を イスラエルの人口1020万人のうちキリスト教徒は約2%を占め、その79%はアラブ系だ。エルサレムを拠点とし宗教間の対話を目指すロッシング・センターによると、イスラエルには現在約2700人のキリスト教聖職者が暮らしているが、大半はイスラエルの市民権を持っていない。 キリスト教徒に対する攻撃的な事案は、2023年10月7日のハマスの攻撃以降、増加している。 キリスト教徒向けのホットラインを運営するユダヤ系イスラエル人のボランティア団体「宗教の自由データセンター(RFDC)」によると、唾を吐く、暴言、器物損壊、身体的暴力、ネットでの嫌がらせなどの敵対的事案は、24年は107件、25年は181件だった。 ただし、実際には報告されない嫌がらせも多いと、RFDCの創設者・代表のイスカ・ハラニは語る。RFDCとしてイスラエル当局に苦情を申し立てても、その大半は対応されないと言う。 「取り締まりがなければ、またやってもいいと言っているようなものだ。唾を吐いて逮捕も起訴もされなければ、次はもっとひどくなる……いつまで待てばいいのか。殺人が起きるまで?」 こうした敵意の高まりに対し、イスラエルの現連立政権の責任を問う声もある。政権が宗教的ナショナリズムを助長して、ユダヤ人過激派の間に「何をしても許される」という感覚が広がっているというのだ。その背景には、ガザ戦争開始以降、イスラエル国内を覆っている憎悪や恐怖、分断もある。 ローマ教皇庁立聖書研究所のジョセフ・シーバース名誉教授は、イスラエル社会の一部にある救世主待望論(メシアニズム)が、「よそ者」への攻撃的な態度を助長している可能性を指摘する。 「キリスト教徒が(イスラム教組織の)ハマスやヒズボラとは無関係でも、『仲間ではない者』には行動を起こしてもよいと感じるのだろう」 攻撃的な振る舞いを抑えなくなった 25年にロッシング・センターはユダヤ系イスラエル人を対象に、キリスト教徒に関する意識調査を実施した。そこでも「回答者の宗教性が高まるほど、キリスト教に対する不快感が強まり……学ぼうとする姿勢や開放性、寛容さが低下する」ことが分かった。 ロッシング・センターの下部組織「ユダヤ教徒とキリスト教徒の関係のためのエルサレム・センター」でプログラム責任者を務めるハナ・ベンドコウスキーは、この数年イスラエル政府と国民は孤立感を深めていると語る。 ベンドコウスキーによれば、当局は戦時下の優先課題やヨルダン川西岸の占領地で続く入植者とパレスチナ人社会の対立への対応に追われ、マイノリティーの保護が以前よりも手薄になった。その結果、国粋主義の傾向を持つ人々が「攻撃的な振る舞いを抑えなくなった」と言う。 修道女の襲撃犯が速やかに逮捕されたことを、一部のキリスト教徒は状況改善の兆しとみる。しかしイスラエル、とりわけ聖地で共存を促進するには一層の取り組みが必要だと、フランシスコ会聖地特別管区のイブラヒム・ファルタス神父は訴える。 イスラエル当局はキリスト教徒の要望に耳を傾け、介入も行っているとしつつ、ファルタスはこうも指摘する。 「だが聖地をめぐる対立が平和な共存を困難にしており、これを解決しようとする強固で真摯な政治的意思は依然として足りない。何より日に日に悪化する中東情勢に対し、国際社会は実効性のある関与を十分にしていない」 キリスト教徒への暴力は旅行者を遠ざける キリスト教徒はイスラエル国内で政治への影響力をほとんど持たない。けれどもキリスト教自体は世界中に張り巡らされたネットワークを通じ、外交でも道徳面でも多大な影響力を行使できる。 キリスト教徒の巡礼や観光はイスラエルにとって重要な収入源であり、キリスト教徒への暴力は旅行者を遠ざける可能性がある。 またこうした事件が広く知られるにつれ、大きなキリスト教人口を抱えるヨーロッパでも懸念が高まっている。 3月29日、カトリック教会の重鎮ピエルバッティスタ・ピッツァバッラ枢機卿は復活祭直前の日曜日「受難の主日」のミサを執り行うためにエルサレムの聖墳墓教会に入ろうとして、警察に阻止された。 するとイタリアのジョルジャ・メローニ首相は声明を発表し、警察を非難した(アメリカ・イスラエルの対イラン戦争を受け、聖墳墓教会などの聖地では、当時参拝者の立ち入りが禁じられていた)。 ガザをめぐり、イスラエルとヨーロッパの関係は既に著しく冷え込んでいる。否決されたが4月には、一部のEU加盟国が自由貿易の推進などを目的としたイスラエルとの協定の停止を求めた。 5月13日にはイスラエルの国会で、キリスト教徒への嫌がらせをテーマに公聴会が開かれた。ユダヤ教改革派のラビ(聖職者)でもあるギラド・カリブ議員は、暴力行為の増加はイスラエルの外交的立場という観点から語られがちだが、より深刻なのは敵意が国の根本的価値観を損なっていることだと述べた。 カリブはこうした事件を「教育の失敗」と呼び国会での議論にとどまらない取り組みを呼びかけた。「暴力事件は国家と社会に道徳的汚点を残している。私は改革派のラビとして現状を恥じている」 戦争と恐怖で荒廃した分断社会 問題解決のカギは教育と、個人間の交流にあるのかもしれない。交流を続けることで周縁化されたコミュニティーへの理解が深まり偏見が減ることは、昔からさまざまな研究が立証している。 北アイルランドでもバルカン半島でも紛争を経験した社会では、対話のプログラムや共同活動が徐々に緊張緩和をもたらした。 4月の襲撃事件をきっかけに、キリスト教徒への敵意には厳しい視線が向くようになった。イスラエル当局もキリスト教徒と国際社会の懸念をより真剣に受け止める必要性を認識したようだ。 しかし取り締まりの強化だけでは足りない。長年の戦争と恐怖で荒廃した分断社会には、大胆な教育の取り組みと社会全体の深い内省が必要だ。それをしなければ亀裂は一層広がり、暴力の連鎖はやまず、社会はやがてさらなる分断と不信へと向かうだろう。 ジョバンニ・レゴラーノ (ジャーナリスト) From Foreign Policy Magazine

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