殺人事件の加害者家族と被害者遺族、どちらになるか選べと言われたら? 14年前の放火殺人事件を発端にした、辻堂ゆめの社会派ミステリ【書評】

事件は、犯人を捕まえればそれで終わりだと思っていた。だからこそ、いかにも狡猾そうな容疑者が序盤で逮捕されたことに拍子抜けしていたが――今回の事件は終わるどころか、始まったばかりだったのだ。すぐそばに火を放たれたような焦りと、消しても消しても火種が残っているような恐怖。何かに急き立てられるようにページをめくり続けた。 『残火』(辻堂ゆめ/東京創元社、以下本作)は、大藪春彦賞受賞作『トリカゴ』で無戸籍問題、『今日未明』で新聞記事の裏側を描いた作家・辻堂ゆめによる警察ミステリだ。また「加害者家族と被害者遺族」をテーマに据えた社会派小説でもある。 ■容疑者の逮捕は、事件の始まりにすぎなかった 14年前に起きた産院放火殺人事件。その被害者遺族である男性三名が割のいい仕事を餌におびき出され、山中の別荘に監禁された。彼らが閉じ込められた地下室の大きなモニターには「皆殺しにしてやる」という文字が映る。一方、高尾署の強行犯捜査係に所属する刑事・森垣里穂子は、家族から相談を受け、男たちが行方不明になっていることを知る。やがて里穂子は、男たちに仕事を依頼していた不審な青年・湊川潤を逮捕する。湊川もまた産院放火殺人事件の関係者――加害者の息子だった。湊川は誘拐への関与を認めるも、監禁場所については一切口を割らない。それどころか、加害者家族として歩んだ過酷な日々を、取調室で一方的に語り始める。 ■加害者家族になった青年が語る、奪われた人生 引用—- 「殺人事件の加害者家族と被害者遺族――一つ選べと言われたら、あなたはどちらになりたいですか?」 —- 湊川からの問いに、思わず息を呑んだ。誰だって、どちらにもなりたくはない。だが自分の意志とは関係なく、加害者家族になってしまった人は確かに存在するのだ。湊川は、初恋の少女と一緒に見たキャンプファイヤー、二人きりで遊んだ公園での思い出、そして事件によって起きた別れを語る。父親が起こした事件で加害者家族となった湊川は、マスコミの執拗な取材攻勢から逃れるために引っ越しを繰り返し、両親は離婚、のちに母親は死を選んだ。今回の誘拐事件は、産院放火事件の被害者遺族への逆恨みによる犯行なのか? 湊川は男性三名を殺すつもりはないと語るが、それなら何が目的なのか。警察が湊川の目的をつかめぬうち、新たな凶悪事件が起きてしまう。本心を見せない湊川の供述と、先の見えない事件に胸のざわめきが続く。 ■犯人に寄り添う刑事と、合理性を重んじる刑事。正反対のふたりが追う真実 本作で刑事・森垣里穂子とコンビを組むのは、警視庁捜査一課の羽山圭司だ。二人は三年前に起きた事件(『トリカゴ』を参照)でも非公式ながらタッグを組み、未解決事件に挑んだ。現在、四歳の娘を育てながら働く里穂子は、上司から少々過剰な配慮をされ、普段は比較的負担の軽い仕事を任されている。今回の事件でも所轄が行う地取り捜査に加わる流れだったが、捜査一課で取り調べを担う羽山の一言で重要参考人の取り調べの補佐官を任されることに。容疑者に入れ込みがちな里穂子は、事件とは結びつきそうにもない湊川の身の上話にも真摯に耳を傾ける。ときに強引に、かつ合理的に捜査を進める羽山とは正反対で、そんな二人だからこそ気づけることがあるのだろう。皮肉をいいながらも、里穂子の捜査方法を尊重する羽山の姿は頼もしい。取り調べ室での会話、多数の関係者への聞き込みによって得た要素が少しずつつながっていくとき、ミステリの醍醐味がここにあると思えた。これほど圧倒される作品に出会ったのは、本当に久しぶりだ。 ■読後も胸の奥でくすぶり続ける「残火」 二人の捜査によって明らかになった湊川の犯行目的と、その先に待ち受けていた真実に思わず言葉を失った。事件としては解決しても、加害者家族と被害者遺族の人生は続いていく。『残火』も小説としては結末を迎えても、読者の心の中に火を残すだろう。消えたように見えても、その熱はいつまでも内側でジリジリとくすぶり続ける。ああ、なんという衝撃だろうか。社会派ミステリとしても、警察小説としても読み応えのある極上の一冊だ。 文=アサトーミナミ

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