毎月2億円近い巨額の詐取を行った犯罪集団「ルフィ強盗団」…最高幹部が「真の黒幕の正体」を獄中告白

小島智信(とものぶ)(47)。’22年から’23年にかけて日本中を震撼させた「ルフィ広域強盗事件」犯行グループの最高幹部である。東京拘置所の面会室で語る。 少年院を退所した後はクラブで知り合った札幌市の女性の家に居候した。チーマーとつるみ、ヤクザのシノギを手伝うようになる。19歳の時に窃盗事件を起こし、再度少年院での生活を経験した後、21歳の時に上京。東京でもナンパした女性の家を転々とした。 ″宿カノ″が複数いるヒモですよ。人生の多くの時間を、私は女に食わしてもらった。今でいうトー横キッズのように歌舞伎町で集まり、そこで知り合った人とクラブに通っていました。 悪友の誘いでカラーギャングになるのに時間はかからなかった。そんな日々を過ごすなか、元銀行員で大手闇金グループのHさんと知り合い、誘われるまま裏社会へと足を踏み入れました。 小島被告がH氏に任された仕事は″整理屋″と呼ばれるものだった。企業を計画倒産させる詐欺の一種だ。企業の決算報告書を粉飾し、倒産しかけている会社を黒字に見せかけて不正に現金を借り入れ、リース契約で手に入れた高価な機械などを中国の窃盗団に売り飛ばすなどしてカネを作った。 整理屋としての有能な仕事ぶりを評価された小島被告は、H氏から西麻布の高級マンションを与えられたという。 実益となる勉強は苦にならず、少年院時代には漢字検定1級を取得しました。整理屋を始めてからは簿記2級を取得。『マイクロソフト オフィス スペシャリスト』の資格もとりました。PCは自分で組み立てられます。詐欺で使うIDや書類の偽造も一人で全部できる。私は基本的には女にだらしない怠け者です。 なのに、なぜこれだけ頑張れたのか。それは人生で初めて責任のある仕事を与えられ、十分な成果が出たことが嬉しかったから。Hさんとは毎晩六本木に飲みに行き、毎夜200万円くらい奢ってもらっていました。″仕事″で成果を出し、豪遊する日々がただただ楽しかった。 しかし、そんな生活は突然終わりを告げ、逃亡生活がはじまる。 Hさんから『10年ほど東京から消えてくれ』と言い渡された。最前線で整理屋の仕事をしていた私は、警察にマークされていたのです。私は大阪へ飛びました。Hさんに恨みはありません。むしろ、非日常を味わわせてくれたことに感謝しています。 小島被告は公判で「事務処理能力が高い詐欺師が組織にいなかったので重宝された」と述べている。H氏の指南で、その土壌は形成されたのだろう。 大阪で闇カジノのディーラーを経て、一時は札幌にも戻っていた小島被告は、29歳で再び上京。ヤクザの準構成員となり、覚醒剤の売買で逮捕された。懲役3年執行猶予5年の実刑判決を受けた後も、自堕落な生活から抜け出せなかったという。そして、知人に紹介された仮想通貨の投資で300万円の借金を背負う。貸し主から「かけ子をやって返せ」と言われた小島被告は、’18年の7月、特殊詐欺でまとまったカネを作るべく、フィリピンに渡航した。 ◆詐欺グループを作り上げた崇拝する″ボス″との出会い 指示された通り、空港からタクシーでマニラ北東部の都市・ケソン市のホテルに向かいました。翌日、そこでグループのメンバーから『覚えてください』と詐欺のマニュアルを渡されました。 ところが私はかけ子として売り上げを上げることができず、給料が2ヵ月間出なかった。生活費が週に8000円ほど支給されるので食べてはいけるのですが、借金は減りません。早々に″使えないかけ子″の烙印を押され、月給が10万円にも届かない生活が半年ほど続きました。 冴えない日々の中でも収穫はあった。 渡航して1週間経った頃、″ボス″こと渡辺と焼き肉店ではじめて顔を合わせます。グループには『箱』と呼ばれるチームが三つありました。共通するのは、ボスが絶対ということ。しかし、当時はまだ箱の雰囲気は緩く、ボスは不満を感じていました。そこで、全てのメンバーを一つの箱にまとめようと、ボスはパサイ市の商業ビルに拠点を移しました。 渡辺被告はいかにして詐欺グループを形成していったのだろうか。 ボスはもともとかけ子のリクルーターと回収役をやっていた。’17年頃、自らの組織を立ち上げたいと考えたボスは、池袋にある中国の特殊詐欺グループに人を送り込み、彼らのノウハウを学びます。そして地元北海道の仲間に声をかけ、金主にカネを出してもらい、タイのパタヤで同年8月に箱を立ち上げた。箱ごとタイからフィリピンに移り始めたのがグループの前身です。 ただ、メンバーが友人であるゆえのやりづらさもあった。会社のような組織にする必要を感じていたのです。ボスは新しいビジネスを作ることが好きな人。10億円の偽札を両替してカネを騙し取るなんて計画もあった。そんなボスが私の事務処理能力に目をつけたことでサポートする機会が増え、私は次第に信頼を得ていきました。 ’18年12月、後に「ルフィ」を名乗る今村被告の『K(キヨト)箱』の立ち上げを小島被告が補助。翌年7月には藤田被告が組織に加わり、一つの箱で毎月2億円近い巨額の詐取を行う犯罪集団へと変貌していった。 『FRIDAY』2025年9月5日号より 取材・文:栗田 シメイ(ノンフィクションライター)

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