[ロンドン発]1882年に建てられたロンドン王立裁判所の外壁に9月8日、抗議者に木槌を振りかざす裁判官の姿を描いたバンクシーの新作が現れた。王立裁判所は最も厳重に保護される歴史的建造物のため、バンクシーの新作は損壊にあたるとしてロンドン警視庁が捜査を始めた。 バンクシーは自身のインスタグラムに「ロンドン王立裁判所」というキャプションを付けて新作の写真を投稿した。かつらとガウン姿の裁判官が振りかざす木槌を血のついたプラカードで防ごうとする抗議者の姿を描いている。無力で非暴力の抗議者は地面に倒れ込んでいる。 パレスチナ支援団体「パレスチナ・アクション」が英空軍基地で空中給油機にペンキをかけ、テロ団体に指定された後、支援デモで逮捕者が相次いでいる。9月6日にはロンドンの議会広場周辺でテロ指定の解除を求める集会が開かれ、890人がテロリズム法違反容疑などで逮捕された。 ■「法律が自由抑圧の道具になると反対意見は強化される」 テロ指定団体への支持を示す旗やロゴの表示はテロリズム法で厳しく禁止されている。警察は「集会の一部で組織的な暴力行為があった」と発表したのに対し、主催団体は「高齢者や聖職者、退役軍人も含む平和的な座り込みだった」と反論している。 抗議集会で890人が逮捕されたことへの静かな抵抗とみられるバンクシーの新作はすぐに黒いシートとバリケードで覆われ、「文化的な建造物本来の姿に戻す義務がある」と消去される方針が発表された。バンクシー自身は最高2年の禁錮に問われる可能性がある。 法廷でバンクシーが誰なのか、ついに明らかにされるかもしれない。 抗議集会の主催団体は「新作は『パレスチナ・アクション』のテロ団体指定でイヴェット・クーパー新外相(前内相)が抗議者に行った残虐行為を力強く描いている。法律が市民の自由を抑圧する道具として使われると反対意見は消滅するのではなく、むしろ強化される」と訴えた。 ■平和的な抵抗のメッセージこそバンクシー作品の真髄 バンクシーは1990年代から英国を拠点に活動する匿名ストリートアーティスト。絵柄をくり抜いたシートにペイントやスプレーを振りかけ転写するステンシル技法でネズミ、警官、猿、子ども、兵器をモチーフに反戦・反権威・監視社会を批判してきた。 作品にはウィットとユーモアが込められている。 代表作の一つに『風船と少女』がある。英国のメディアはバンクシーの正体を探ってきた。2008年には英大衆日曜紙メール・オン・サンデーの調査報道で英西部の港湾都市ブリストル出身のロビン・ガニングハム氏と指摘されたが、決定的な本人確認はできなかった。 パレスチナを舞台にしたバンクシー作品は他にもある。03年にはヨルダン川西岸地区に『花を投げる男』が描かれた。男が手に持つ花束は希望の象徴であり、暴力と紛争に満ちた世界において平和を訴える。平和的な抵抗のメッセージこそバンクシー作品の真髄である。 ■英政府「イスラエルの行為はジェノサイドにあらず」 英国は第一次大戦中の1917年に行ったバルフォア宣言以来、イスラエルの建国過程に深く関わってきた。現在ではイラン、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ抑止のため協力する両国は安全保障・サイバー・科学技術を含む包括的協力ロードマップを政府間で結んでいる。 ガザ地区におけるイスラエルの掃討作戦は行き過ぎだとしてスターマー英政権は約350件の輸出許可のうち約30件を停止した。ステルス多用途戦闘機F-35国際共同計画向け部品は除外したことについて、英高等法院は政府の裁量権を認めている。 英国のデービッド・ラミー副首相(前外相)は「イスラエルの行為はジェノサイドには当たらない」との立場を示した。キア・スターマー首相はイスラエルがガザの悲惨な状況を終わらせる実質的な措置を取らなければ、9月の国連総会でパレスチナ国家を承認すると発表した。 度を越したイスラエルのガザ掃討作戦を正当化するのは難しい。英国内では抗議デモの参加者を大量に逮捕する一方で、建前はパレスチナ、本音はイスラエルというどっちつかずの偽善外交を続けるスターマー氏に有権者は愛想を尽かしつつある。