3年前、北海道北広島市の生活困窮者向け宿泊施設に、火をつけ男女2人を殺害した罪などに問われている男の裁判員裁判で、10日、検察側は懲役30年を求刑しました。 起訴状などによりますと、荻野正美被告(70)は、2022年9月、北広島市にある生活困窮者向け宿泊施設で、施設を運営するNPO法人の理事長で、管理人として住み込んでいた盛誠逸さん(当時71)を殺害しようと考え、自分の部屋などに灯油をまいて火をつけて、施設を全焼させ、盛さんと入居者の黒川敏江さん(当時51)を焼死させて殺害した罪に問われています。 裁判は、刑事責任能力の有無が争点で、検察側は「せん妄由来の思い込みはあっても通報などを選ぶ余地はあり、放火の意思決定は人命軽視も甚だしい」として、懲役30年を求刑。 一方、弁護側は「激しい妄想や幻覚による恐怖心に支配され、被告人自身が止められるものではない」心神喪失状態で責任能力がなかったとして、改めて無罪を主張しました。 10日の公判で「私が生きている間に恨んでください。そして呪ってください。2人を亡くしたことすべて現実です」と法廷に響く大きな声で泣きながら述べた荻野被告。 事件当時、荻野被告の中で何が起きていたのか。公判での発言を振り返ります。 ■被告人質問(5日) ◇弁護側 ・殺害された盛さんはどのようなことをしていた? 荻野被告 「身のまわりの足りない生活用品、個人の相談、いろいろなことに気を遣ってくれていました」 「親身になって世話をしていただきました」 ・あなたにとって盛さんは? 荻野被告 「父親のような信頼のおける優しい人でした」 ・盛さんと口論、トラブルになったことは? 荻野被告 「ありません」 ・事件以前に盛さんを殺したいと思ったことは? 荻野被告 「ありません」 ・盛さんに恨みや不満を抱いていたことは? 荻野被告 「全くありません」 ・いろいろとお世話をしてくれた盛さんに対してどういう気持ちですか? 荻野被告 「ただただ優しく接してくれて…ごめんなさい。というしかないです」 ・入居していた黒川さんに対しては? 荻野被告 「なんの関係もない、2回か3回しか話したことがない、まだ若い51歳の黒川さんの命を奪ったことは本当に申し訳ないと思っております」 ・入居者でけがをされて財産を失った人、隣の家などにも被害が出ています。 荻野被告 「何ができるのか、どうすることが償いになるのか。申し訳ないという気持ちでいっぱいです」 ◇検察側 ・盛さんに対して不満や嫌悪感は全くなかった? 荻野被告 「全くありません」 ・過去の取調べで、「嫌いなものは嫌いなんだ。生理的に無理なんだ」という意味の発言をしていたが? 荻野被告 「わかりません」 ・取調べのときは本心で話したのでは? 荻野被告 「本心だと思います」 ・施設への不満は? 荻野被告 「多少あった、食事の事と衛生面」 「食事は量が少なく、いつも同じようなもので味が薄かったり濃かったり。衛生面では、食事を作ってくれる女性が、コロナ禍にもかかわらずマスクをつけないで食事をつくっていた」 ■初公判「どうして本当の自分に戻ることが出来なかったのか…」 2日の初公判で荻野被告は、起訴内容を認めたうえで、次のように語りました。 ・荻野被告 「どうしてこのような事件を起こしてしまったのか。どうして本当の自分に戻ることが出来なかったのかそれもわかりません」 冒頭陳述で検察は「施設の管理人が入居者や被告の子どもを殺していると考え、敵を取ろうと火をつけた」と指摘。 そして荻野被告に何らかの精神障害の影響はありつつも、善悪などを判断できる責任能力がどの程度、低下していたか判断してほしいと裁判員らに求めました。 一方、弁護側は、犯行時、荻野被告は「幻覚、妄想の圧倒的影響による心神喪失の状態」で責任能力はないとして無罪を主張しました。 2日の初公判では、当時施設に住んでいた男性への証人尋問が行われ、荻野被告は事件の1週間ほど前から「様子がおかしくなって、叫んだりしていた」と証言しました。 ■公判で明らかになった犯行の動機や経緯 【動機】 管理人の男性らが被告の子どもなどを殺害してその死体を解体していて、自分も殺されると思いこみ、その前に男性を殺そうなどと考えた 【経緯】 □2021年1月荻野被告が施設に入居 □2022年9月ごろから異常な言動が現れる 「お月様が逆立ちしなさい」 「宇宙から電波が来るからガードしてほしい」 「戦争だ。お前が死ぬか親爺が死ぬか選べ」 施設内をパンツ姿で歩き回ったり、理由がないのにインターフォンを押すなど… □2022年9月30日本件犯行 灯油のポリタンクを開けて、荻野被告の部屋や廊下に灯油をまき火をつける 「逃げろ。何やってんだ」と叫びながら逃げる 駆け付けた警察官に「俺が火をつけた、俺を逮捕してくれ」と告げ、両腕を突き出す □逮捕後の留置場での様子 意味不明の発言を繰り返し注意される 「馬鹿が。親父のせいでこんな目にあったんだ」 「戦争が始まるぞ。毒ガス6パック持ってこい」などと発言 □被告人の思い込みの要旨 施設の中で数人が入居者を殺害し、次は自分が殺害される番だと思っていた 1階の部屋に男性の死体が放置されているのを見た 死体の解体を手伝わされ、拒めば殺されるという話を聞いた 自分の部屋の前で足音が聞こえ、自分が殺される番が来たと思った ■遺族の供述調書 10日の公判で検察側は、犠牲になった盛さんと黒川さんの遺族の供述調書を読み上げました。 盛さんの弟は「兄が荻野被告に何をしたというのか。事実無根の妄想で殺されたように思う。到底許すことはできない」と強調しました。また黒川さんの姪は「生きるために最低限必要なことを得て、やっとここまで来たのになぜ死なないといけなかったのか。被告を適切に裁いて欲しい」と訴えました。 判決は17日に言い渡される予定です。