カーク暗殺をめぐる陰謀論…MAGA派の「内戦」を煽るのは誰か

アメリカのテレビドラマ『HOMELAND』のシーズン7は、ロシアによるアメリカ民主主義の不安定化工作と、独裁傾向を強める米大統領の「内なる敵」への弾圧の2つを背景に物語が進行する。この番組でロシアSVR(対外情報庁)の工作員エフゲニー・グロモフはアメリカ国内に既に存在する深刻な分断をあおり、内戦を誘発しようとする。【サム・ポトリッキオ(米ジョージタウン大学教授)】 保守派団体ターニングポイントUSAの創設者チャーリー・カークの銃殺事件が起きると、ロシア、イラン、中国はすぐさまグロモフと同様の目的で動き出した。例えば国営テレビ局「ロシア・トゥデー」はカーク暗殺について39回もツイートし、扇動的な報道を繰り返した。 事件はアメリカにとって重大な転換点だ。9月21日にアリゾナ州で執り行われたカークの追悼式典には10万人近くが集まり、トランプ大統領も全予定を変更して参列した。この国はイデオロギーをめぐる「内戦」に突入するのか。 アメリカは思いのほか穏健な国だ。歴史的に全人口の40%弱がほぼ一貫して自分を穏健派と位置付けており、穏健派が過激化している証拠は何もない。問題は二大政党の分極化と、そこから利益を得る左右メディアの存在だ。スタンフォード大学のモリス・フィオリーナ教授(政治学)は指摘する。「一般市民と『政治クラス』の隔たりは大きい。政治クラスとは国民の約15%を占める政治が生きがいの人々。彼らは献金し、選挙運動に関与し、フェイスブックやX(旧ツイッター)などに投稿する」 アメリカ人は政治的立場が異なる隣人がいても気にしない傾向にある。そのため広範な武力衝突が起きる可能性は低そうだ。イデオロギーに基づく「内戦」は民主党対共和党ではなく、MAGA派(「アメリカを再び偉大に」運動の熱狂的支持者)の内部抗争という形で勃発する可能性が高い。 カーク射殺直後から、MAGA派の有名インフルエンサーたちは互いに争いを始めていた。タッカー・カールソン、キャンディス・オーウェンズ、ニック・フエンテスといった右派の論客はトランプ政権を激しく批判し、タイラー・ロビンソン容疑者逮捕の証拠は捏造だとまで示唆した。少女買春などの罪で起訴され自殺した富豪ジェフリー・エプスタインの非公開文書をめぐるMAGA界隈の対立を想起させる陰謀論だ。 特にフエンテスは支持者と共に1年以上にわたりカークの集会で嫌がらせを繰り返し、イスラエル支持の姿勢を攻撃していた。カークを偽キリスト教徒と罵倒したこともある。容疑者の弾丸にフエンテス支持者が好む曲の名前が刻印されていたことから、フエンテスのカークへの攻撃が銃撃の動機になった可能性もささやかれ始めた。 フエンテスはFBIから「白人至上主義者」に指定され、(イーロン・マスク買収前の)ツイッターから追放された経歴を持つ人物だが、マールアラーゴでトランプと食事をしたこともある。2019年以降、フエンテス支持者は「グロイパー戦争」と呼ぶ攻撃をカークに仕掛け、全米中でターニングポイントの集会を荒らし回った。その結果、フエンテスはターニングポイントの全イベントから排除された。 MAGA内部の団結は崩壊する可能性がある。既にエプスタイン問題で亀裂が生じているところへ、最大級の影響力を持つ3人のインフルエンサーがカーク射殺事件を執拗に追及しているのだから。 カークの無残な死の映像は全世界を駆け巡った。その影響はマーチン・ルーサー・キング牧師やロバート・F・ケネディ元司法長官の暗殺に匹敵しそうだ。ここでグロモフのような工作員が暗躍すれば、MAGAの内部抗争は取り返しのつかない段階に突入しかねない。

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