兵庫県宝塚市の住宅で2020年、洋弓銃ボーガン(クロスボウ)を使って家族3人を殺害し、親族1人に重傷を負わせたとして殺人と殺人未遂の罪に問われた無職、野津英滉(ひであき)被告(28)の裁判員裁判の初公判が25日、神戸地裁(松田道別裁判長)であった。被告は起訴内容を認め、弁護側は「事件当時は心神耗弱の状態だった」として、刑事責任能力の程度を争うと述べた。 被告は20年6月4日午前5時~10時10分ごろ、自宅で祖母の好美さん(当時75)、弟の英志(ひでゆき)さん(同22)、母のマユミさん(同47)の頭にクロスボウの矢を放って殺害。伯母(55)も撃って首の骨を折るなどの傷害を負わせたとして起訴された。 検察側の冒頭陳述によると、被告は事件当日の午前5時ごろ、トイレに行った祖母の側頭部をクロスボウで撃ち、続けて午前6時ごろに洗面所で顔を洗う弟の背後から側頭部を撃った。約3時間後、玄関から入ってきた伯母も撃ったが、自転車用ヘルメットをかぶっていたため、頭ではなく耳付近をねらった。 最後に午前9時半ごろ、玄関から入ってきた母の側頭部を撃って殺害した。外へ逃げた伯母が近隣住民に助けを求め、住民が消防に通報したという。 検察側によると、被告は自閉スペクトラム症と診断されていた。高校生のころは精神状態が安定していたが、大学生になると家族に不満を募らせ、精神状態が悪化した。大学を休学して奨学金ももらえなくなり除籍され、将来を悲観した。死刑判決を受けて死のうと考え、伯母まで殺害の対象にしたのも確実に死刑になるためだったと主張した。 ただ、精神鑑定の結果などから重症度は高くなく、犯行に与えた影響も大きくないと指摘。犯行をためらっている事実があるうえ、凶器を購入して殺害の順序を合理的に検討しているなど計画性が高く、「完全責任能力があった」と主張した。 一方の弁護側は、罪が成立すること自体は争わないとしたうえで、減刑につながる心神耗弱の状態だったと主張した。被告にとって家族は生活環境を不安定にする存在だったとし、「家族関係を清算したい」「死刑になり命を終わらせたい」などと考えたと説明した。 事件は、発生と逮捕から初公判まで5年3カ月かかった。裁判の争点などを整理する公判前整理手続きを経て、神戸地裁はいったん公判期日を指定した。だが、被告に心身の不調が生じたため22年に取り消し、改めて期日を指定した。公判に耐えられる状態まで回復したと判断したとみられる。判決は10月31日に言い渡される。(原野百々恵、新屋絵理) ■クロスボウを販売した店員「被告を許せない」 この事件は、クロスボウの規制にも影響を与えた。 「一番恐れていたことだった。やっぱりそういうことかと思った」 検察側は初公判であった証拠調べで、被告がクロスボウをネット購入した店の店員の供述調書を読み上げた。事件発生当時の報道に接した時の心境について、店員はそう述べたという。 店はスポーツ競技用としてクロスボウを販売していた。2019年の終わりごろから、被告からメールでクロスボウについて問い合わせを受けはじめた。モデルの違いによる貫通の度合いや命中精度などを何度も聞いてくる客は珍しかった。「殺人に商品が使われると分かっていれば売らなかった。人を殺すために使った被告は許せない」と供述したという。 クロスボウをめぐっては、事件発生後の22年に改正銃刀法が施行された。それまでは規制対象ではなかったが、所持するには都道府県公安委員会の許可が必要となり、用途も標的射撃や動物麻酔などに限られた。