いわゆる8050問題が深刻さを増している。昨年、長崎県内で46歳の息子が75歳の母親を刺殺し自首、逮捕された事件をご存知だろうか。被告は15年以上も自宅にひきこもっていた末、犯行に及んだとされる。 「このような陰惨な事件に繋がる事例はごくごく僅かとはいえ、2005年には51.9万人だった『親と同居する非就業者』が、2015年には77.3万人に増加したという事実からは、高齢親の下で起こる『大人の引きこもり』件数もまた増えている現状が想像されます」 こう話すのは、危機管理コンサルタントの平塚俊樹氏。 「高齢の親と中年期に入った子どもの経済的・精神的共依存関係が抜き差しならない状況になるこの『8050問題』は、子と同居する高齢親なら誰でも陥り得るリスクです。 家の中だけで解決することは困難な問題なので、悩みが深まる前に『地域包括支援センター』などに相談してみることをおすすめします」 今回取材に応じてくれたのは、ある地方都市に住む2児の母のMさん。Mさんには6歳年上の兄がいるが、実家で20年以上引きこもり状態となっているという。同居者は今年80歳となる母1人。遠方で家族と暮らすMさんは、8050問題の当事者となった母と兄のことが気がかりで仕方がない。Mさんはこう述べた。 「新幹線と在来線で3時間以上かかるので、なかなか実家に顔を出すことができませんが、先日母を病院の検査に連れていくために出かけると、兄はついに私がいる間、顔を見せませんでした。 近所のコンビニや本屋さんなど、兄の行動範囲は前から限られていましたが、私が帰ってノックすれば自室から顔くらいは出してくれたのに…。状況は悪化しています」 腎臓の数値が悪くなった母の受診につき合って連れ帰ると、自らの不調をさておき、老母は手慣れた様子でスマホを手に取り、何かの操作を始めたという。 「母はふと思い出したように立ち上がり、兄の部屋の前まで行って大声で『いつものお嬢さんでお願いします、って言っていいんだね』と確認し、再び戻ってきました。 驚いたことに、母が兄のために性のデリバリーサービスを頼んでいるというのです。何とも言えず憐れで『実家はすでに終わりの始まりを迎えた』と思いました」 中年になった息子のために性のデリバリーサービスをオーダーする母は、いたって事務的で無感情に見え、それがさらに状況の異常さをあぶり出しているように思われた、とMさん。 恐る恐るそうなったいきさつを尋ねてみると、母は「欲望がたまって、犯罪をおかしたり暴れられたりしたら困るから」だと答えた。よくよく聞けば、兄から頼まれたのではなく、母が自分からサービス店を探して依頼を始めたのだという。 Mさんは… 「母は10年ほど前までは、知り合いに仕事を紹介してもらおうとしたり、お見合いさせようとしたり、兄のためにあれこれ画策していました。ですが、今では『兄を犯罪者にしないためにはどうしたらいいのか』ばかりを考えています。 私には、『もしあの子が何かやらかしたら、ダンナさんのご両親には『実家とは縁を切ってあると言いなさい』と言うばかりです。 昔の母は多少教育熱心でしたが、わが家は極めて平凡な家庭でした。どこでどう間違えばこんな風になるのか…」 母親の身体の心配をするどころか、心配されてばかりの兄。自室にこもって日がな1日何をしているのかは、Mさんには知る由もない。 【関連記事】「あの子のお誕生日だから」母が準備した恐怖の宴。「長男かわいい」がもたらした最悪の末路 【取材協力】平塚俊樹:危機管理コンサルタント【聞き手・文・編集】川路詠子 PHOTO:Getty Images【出典】厚生労働省:平成30年度 生活困窮者就労準備支援事業費等補助金 社会福祉推進事業