渋谷区、全国初のパートナーシップ制度導入から10年 「ブルーボーイ事件」中川未悠&飯塚花笑監督、当事者の思いを語る

かつて日本で実際に起こった、性別適合手術(※当時の呼称は性転換手術)をめぐる事件をもとに描く映画「ブルーボーイ事件」の主演・中川未悠と飯塚花笑監督が11月5日、多様性を尊重する社会を目指し、2015年に全国で初めてパートナーシップ制度を導入した東京・渋谷区役所を訪れ、区の職員に向けた研修に登壇した。 本作は、パートナーシップ制度開始から10年という節目を迎えた25年、LGBTQ+当事者が安心して暮らせるよう、さまざまな取り組みを行っている渋谷区の思いに賛同し、啓発に参加。まずは中川と飯塚監督が、長谷部健区長に表敬訪問を行い、条例がもたらした変化や今後の展望を語り合った。 事前に映画を鑑賞したという長谷部区長は、中川たちを前に「本物のサチだ!」と笑顔を見せ、和やかな雰囲気で面談はスタート。長谷部区長は「これはフィクションではなく、もともとあった話ということで、ひと昔前はこうだったんだよなと思う。一方で、渋谷区も(パートナーシップ証明制度導入から)10年経った。そこは変わったんだなと思いながら見ていました。もちろん映画は少しコミカルにも描いているんだけど、どこか切ないなと思いながら見ていましたね」と、感想を明かす。 飯塚監督は、物語が実際の裁判資料に基づいていると説明。「資料のなかには、サチのモデルとなった方も登場していて。当時から事実婚のような形で暮らしていたことが分かりました。わたし自身、あの時代にそんなことがあるわけないだろうと思っていたので、それは衝撃的でした」と語る。長谷部区長も「渋谷区がパートナーシップ証明書を発行したことを評価して新たに入ってきてくれた人もいるんですが、それでも例えば『SOGIE(性的指向・性自認・ジェンダー表現)』という言葉を、意外とみんな知らなかった。ポリシーも高く、意識的な思いで入ってきても、まだまだなところは当然あるだろうなと思います」と明かした。 パートナーシップ証明制度導入から10年が経ち、世の中の空気が変わってきていることを感じると話す長谷川区長。「想像通りだったとは言わないですが、『ほらね、大丈夫でしょ』といった気持ちも強い。当時は心配していろいろと言ってくる方もいましたし、FAXもものすごくきました。『日本の家族観が崩壊する』『育て方が悪い』『街がゲイだらけになる』なんて言う人もいた。それでも皆さんが心配した通りにはなってないでしょ、という思いはあります」。そして行政が積極的に推進することで、人々の意識も変わっていった。 長谷川区長「もちろん行政がやったことで、その幸せを享受できる人は渋谷区に関わる一部の人だったかもしれない。でも民間企業がそういうことに取り組み始めたり、サービスを始めたり、そういったドラマが生まれるようになったりと、パートナーシップ証明書の発行という重み以上のことが起きたという実感があります」。 一方、パートナーシップ証明制度導入のニュースを聞いた時、飯塚監督と中川はどう感じたのだろうか。トランスジェンダー男性というアイデンティティを反映させた作風で、国内外から注目される飯塚監督は、「一歩前進したという感覚でしたね。それこそいま、わたしたちが関わっているメディアやエンタテインメントの分野から、同性同士が祝福されることがあるなんて思っていなかったんですよ。それは幼少期からのいろいろな刷り込みもあったと思うんですけど。それが制度導入となって、ようやくこうやって祝福されることがあるんだと嬉しかった」と、胸中を吐露する。 本作で、トランスジェンダー女性を集めたオーディションに挑み、主役を勝ちとった中川も、「わたしもすごく光が差し込んだなという感覚がありました。当時、SNSで活動させてもらっていたんですが、わりと当時は、ものすごいアンチというか、批判的なDMやコメントもたくさんあって。けっこうグサッとくるような言葉もあったんですが、そんななかで渋谷区の皆さんが一歩踏み出したことによって、いろんな人に希望や勇気を与えてくれたと思います。わたしも勇気づけられましたし、これが10年、20年、30年とどんどん続いていくんだなと思うと、明日もきっと明るいなと思いました」と、希望を感じている様子だった。 その後、ふたりは美竹の丘・しぶやの多目的ホールに会場を移し、松澤香副区長とともに、渋谷区の職員研修として行われた、本作の上映会およびトークショーに参加した。当事者によるキャスティングについて、飯塚監督は「この作品は、当事者の実在した声をお届けする作品なので、これは当事者の手で届けるのが必然的だというところからスタートしています。それと自分自身、映画業界に入ったときは、自分のことを隠して過ごしていたんです。やはり風当たりの強さもありましたし、オープンにした瞬間に傷付いてしまうことが多々あったので」と述懐する。 しかし、時代が進むにつれて、業界の労働状態の改善が進み、当事者が出演することの意味を、ようやく大きな声で言えるようになってきたという。「そうした社会的な後押しや背景もあって、トランスジェンダー当事者がこの業界のなかでちゃんと自分自身のことをオープンにしながら、キャリアを積み重ねられるように。ある意味、労働環境の改善的な意味も含めて、ここはしっかりやろうという気持ちもありました」。 職員との対話を重ねた松澤副区長は、「やはりキーワードは想像力だなと思いました。例えばアンケートを実施する場合、項目は男性と女性しかなかったんです。それがいまは男性、女性、その他、あと答えたくないという形も増えてきました。ですから区の書類でも、『この性別の項目は別に申請書にはいらないんじゃないか』といった議論も、今後はしていければなと思いますし、当事者じゃないからこそ、いろんな事情がある方、いろんな人生を生きてきた方が、職員のなかにも渋谷区民のなかにもいるということを、わたし自身、自分への戒めとして思いながら仕事していきたい」と、決意を新たにする。 続く中川も「わたしがよく言っているのが『理解してほしいわけじゃなくて、ただ知ってほしい』ということ。知らないからこそ、そういう固定概念や偏見が生まれると思うんです。ですから思いやりということが、人間のお付き合いにおいてすごく大切になってくるんじゃないかなと思っていて。それはジェンダーに限らず、相手が困っていることがあったら寄り添ってあげる。そういう気持ちがあると、その先には人の幸せがまた生まれてくるんじゃないかなと思っています」と、語りかける。 そして最後に飯塚監督は、「昨今、渋谷区の皆さんの取り組みのおかげで性的少数者にとってとても明るいニュースが連続したなという感覚があるんですが、最近では逆のバックラッシュも起きてきているなと肌で感じます。わたしはある程度、大人になっているので、心ない言葉を聞いても聞き流せるんですけど、これが幼い子どもたちの耳に届いたらどんなことが起きるんだろうと考えるんです。ですからこちらの会場にいらっしゃる方々は『この発言はいけないですよ』『私はあなたの味方ですよ』ということを、個人のレベルから身近でやっていただくと、非常に私たちにとっては心強いかなと思います。あとは『ブルーボーイ事件』をぜひPRしてください」と、呼びかけた。 「ブルーボーイ事件」は、11月14日から全国で公開。 【「ブルーボーイ事件」あらすじ】 1965年、オリンピック景気に沸く東京で、街の浄化を目指す警察は、街に立つセックスワーカーたちを厳しく取り締まっていた。しかし、ブルーボーイと呼ばれる性別適合手術を受けた人々の存在が、警察の頭を悩ませていた。そこで警察は、生殖を不能にする手術は「優生保護法」(※現在は母体保護法に改正)に違反するとして、ブルーボーイたちに手術を行っていた医師・赤城(山中崇)を逮捕し、裁判にかける。 同じ頃、東京の喫茶店で働くサチ(中川)は、恋人・若村(前原滉)からプロポーズを受け、幸せを噛み締めていた。そんなある日、弁護士・狩野(錦戸亮)がサチのもとを訪れる。実はサチは、赤城のもとで性別適合手術を行った患者のひとり。赤城の弁護を引き受けた狩野は、証人としてサチに出廷してほしいと依頼する。

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