『君の声を聴かせて』『グッドニュース』で日本でも注目度アップ!キャラクターの本質に迫るホン・ギョンが放つ確かな“存在感”

Netflixオリジナル映画『グッドニュース』(配信中)は、ピョン・ソンヒョン監督の手腕が冴え渡る作品の完成度はもちろん、『名もなき野良犬の輪舞』(17)以降、長年監督とタッグを組み続けるソル・ギョングをはじめ、「ムービング」のリュ・スンボム、笠松将や椎名桔平、山田孝之と日韓の演技巧者が勢ぞろいする豪華さにも注目が集まった。そんなベテランたちが競演するなかで、実力と人気を兼ね備える若手俳優の一人であるホン・ギョンが、自身のベストアクトを更新した。 ■苦労人のエリート空軍中尉に爽やかな好青年…多彩なキャラを演じ分ける 『グッドニュース』は、日本の武装勢力による金浦(キンポ)空港行きの飛行機でのハイジャック事件をきっかけに、日本、韓国、アメリカ、ソ連それぞれの野心が絡み合っていく様を描くポリティカル・ブラックコメディだ。ギョンが演じたのは、空軍中尉のソ・ゴミョン。乗客を人質に北朝鮮への渡航を要求するテロリストを撹乱させるべく、金浦空港を平壌(ピョンヤン)空港に偽装して着陸させるダブルハイジャックを決行する重要な立役者だ。 本作は1970年に起きた「よど号」ハイジャック事件を題材にしており、ゴミョンも実在の人物であるなどほぼ史実どおりに表現されている。今年の釜山国際映画祭での記者会見で「ソ・ゴミョンは実在した重要な人物だったので、役作りには慎重になりました。ただ、本作は実話を基にしつつも、監督の想像力で完成させたフィクションでもあるので、監督が“ソ・ゴミョン”をどう解釈するか、自由度が高いからこそ悩みました」と苦労を明かしている。 仲間の失態でハイジャック犯に計画がバレてしまったり、無責任な上層部のせいで直接犯人たちと対峙させられたうえ、国家間の政治的配慮のために功績がオミットされてしまったりと、損な立ち回りが多いキャラクターであるゴミョン。国家権力の思惑や欲望のなかで、任務に忠実で誠実な人間ほど名が残らないという皮肉な真実。冒頭に「実在する事件に発想を得たがこの物語はフィクションである それでは真実とは?」と断りが入れられている本作の、皮肉な政治的批判を上手く体現した人物がゴミョンだったのではないだろうか。 ギョンの最新劇場作は、今夏日本でも公開された『君の声を聴かせて』(24)。2009年の台湾映画『聴説』の韓国リメイク作品となる本作で、ギョンは大学を卒業したもののやりたいことがわからず、仕方なく両親が営む弁当屋を手伝うモラトリアム期真っ只中の青年ヨンジュンを演じた。配達のために訪れたプールで、彼は手話で会話をする女性ヨルム(ノ・ユンソ)に一目惚れ。かつて習った手話でどうにか彼女に近づこうとする。ヒロインの名前である“ヨルム”は韓国語で夏という意味だが、本作は夏の暑さのなかを通り抜ける風のような清々しさを持つ王道青春ラブストーリーだ。ギョンの持つどこか中性的なニュアンスと透明感は、作品の爽やかなルックをより際立たせていた。 ■確かなキャラクター解釈で見事に役を体現する、ホン・ギョンの演技力 先ほど挙げた『君の声を聴かせて』や、同性愛者を繊細に演じた『本当に遠い所』(20)、権力者から報酬をもらいネットの投稿で世論を操作する若者を演じた『コメント部隊』(24)など、注目作に立て続けに出演しているギョンだが、彼が映画俳優として大きく躍進したのは、殺人事件の容疑者として母が逮捕されたことを知ったエリート弁護士が、事件の真相を暴こうとする姿を描いた法廷サスペンス『潔白』(20)だろう。 隠蔽された過去の事件や主人公ジョンイン(シン・ヘソン)の家族にまつわる謎などサスペンスとしても見ごたえが多い本作のなかで、とりわけ目を奪ったのは、ギョン扮する、ジョンインの自閉症の弟ジョンスだった。オープニングの葬儀のシーン、マッコリを傾ける来客の奥で動き回るジョンスの姿を一目見ても、観客は演技の上手さを瞬時に感じ取れるほど、印象深いスキルを発揮。家族に愛憎相半ばする感情を持つジョンインに、「姉さん」とジョンスが問いかけるシーンも、ギョンの特徴的な眼差しも相まって忘れがたい。家族をめぐる苦悩や愛情というテーマをより浮かび上がらせるセリフだ。本作でギョンが第57回百想芸術大賞映画部門男性新人演技賞を獲得したのも納得だった。 Netflixの韓国作品で初となるアニメーション映画『あの星に君がいる』(25)は、2050年のソウルを舞台に、宇宙飛行士として火星探査に向かおうとしているナニョン(声:キム・テリ)と、ミュージシャンの夢を失った青年ジェイ(声:ギョン)の遠距離恋愛を描くラブストーリーだ。劇中でギョンはソロ曲「Bon Voyage」のデモバージョンと、「Life Goes On」(キム・テリとデュエット)の2曲で歌声を披露。特に前者は、しだいに恋心を抱きはじめたナニョンの前で初めて自作曲を歌うという緊張感を声のトーンで見事に表現した。声優としての今後の活躍も大いに期待したいところだ。 ギョンの芸能生活は、高校生時代にCM出演したのち、同時期のドラマ「恋するレモネード」で高校生役を演じたことから始まった。そんな彼が韓国ドラマファンの間で本格的に認知度を高めた作品が、男子校を舞台に高校生たちの人間模様を描いたドラマ「弱いヒーロー Class1」だ。学校一の秀才シユン(パク・ジフン)がすさまじい校内暴力から抜けだそうとしていく作品で、ギョンは転校生でシユンの友人ボムソクを演じた。国会議員の養子として育てられた彼は、学校でも家庭でも苛烈な暴力にさらされている。 本作には、韓国の軍隊制度が抱える問題をリアルに描きだし人気を博した「D.P.-脱走兵追跡官-」を手掛けたハン・ジュニ監督が総括プロデューサーとして名を連ねている。彼は、「暴力の構造」という一貫した作品テーマを持つクリエイター。暴力には、腕力や権力の強い者が振るうだけではなく、弱く優しい者でさえも悪しき構造に巻き込まれ卑劣な手段を取ってしまう悲劇的側面がある。秀才かつ戦略的な喧嘩が強いシユンと、総合格闘技経験者で懐の深いスホ(チェ・ヒョヌク)というかけがえのない親友を得ながらも、劣等感に苛まれたボムソクは、なすすべなく暴力の加担者として2人を陥れてしまう。そういう意味では「弱いヒーロー Class1」のなかで最もジュニ監督の作風を象徴している人物だ。 はからずも「D.P.-脱走兵追跡官-」に続きジュニ監督と二度目の縁となったギョンはインタビューで、役作りにはハン監督とユン・スミン監督が大いに導いてくれたことを明かしながら、ボムソクのキャラクターを「(人がいろいろな姿を持っているように、ボムソクにも)いろいろな面があるから、特定の一面だけを切り取って『こうだ、ああだ』とはよくわからない。私のなかにも見つけられる一面をボムソクとして表現したが、それが誰にでも当てはまると決めつけることはできない」と振り返っているように、その確かなキャラクター解釈でシーズン1の核となるキャラクターを見事に体現していた。 ホン・ギョンは主演としてのキャリアはそこまで多いほうではないが、キャラクターとしての記憶が強い俳優だと思う。それはとりもなおさず、役柄への深い洞察によって完全に劇中人物とシンクロしていることの証拠ではないだろうか。若手もベテランも演技力でしのぎを削る韓国芸能界においても、今後より飛躍していくことだろう。 文/荒井南

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