マニラ邦人射殺の裁判開始…「3万円でお釣りがくる」格安でヒットマンが動くフィリピンの依頼殺人事情

〈8月15日に発生した「マニラ邦人2人射殺事件」。その実行犯2人の裁判が11月12日から現地・フィリピンで始まった。『日刊まにら新聞』の記者として主に邦人事件や邦人の社会問題などを取材した経験を持つノンフィクション作家・水谷竹秀氏が、怪事件の真相とその裏にあるフィリピンの闇社会に切り込む〉 ◆背後から接近して頭部を撃ち抜いた 「カバンを奪え。中には大金が入っている」——。 今年8月半ば、フィリピンの首都マニラで日本人男性2人が射殺された事件で、犯人がタクシーで移動中、現場で待機するヒットマンへこう指示を出していたことが、地元警察の会見で明らかになった。逮捕された兄弟2人は当初、「日本人の首謀者から依頼を受けた」と供述したものの、現在は一転して無罪を主張。今月12日にマニラ地裁で始まった審理の行方が注目されている。 地元警察によると、逮捕されたのはアベル・マナバット容疑者(当時62)と弟のアルベルト・マナバット容疑者(同50)。事件が起きたのは8月15日深夜だった。タクシー助手席に乗っていたアベル容疑者が電話でタクシーの車両番号を伝え、「カバンを奪え」と指示。電話の相手は弟のアルベルト容疑者で、実行役のヒットマンだった。後部座席には被害者の佐鳥秀明さん(当時53)、中山晃延さん(当時41)が乗っていた。 アルベルト容疑者は現場近くで3時間ほど待機し、タクシーから降りた2人の背後から接近して頭部を撃ち抜き、共犯者が運転するバイクで逃走した。その後は衣類を着替えて足取りをくらましたとされる。一方、兄のアベル容疑者は事件直後、不可解な行動を取っていた。地元警察署長は会見でこう述べている。 「アベル容疑者はタクシーを降りた後、警察には連絡せず、近くのセブン-イレブンでビールを買っていた。防犯カメラにも映っている。その後、宿泊先のホテルに戻ってチェックアウトしたが、一緒に宿泊していた2人が射殺されたことはホテル側に知らせていなかった」 3人が宿泊していたのは、在フィリピン日本国大使館隣の高級ホテル『ミダスホテル&カジノ』。亡くなった佐鳥さんの所持品からは約4000万円の預金残高が記された通帳が見つかったが、現金はなかった。犯人が奪ったとみられる別のカバンには約10万ペソ(約26万円)が入っていた一方、被害者が身につけていた高級腕時計は手付かずだった。こうした状況から、署長は事件の背景についてこう分析した。 「強盗ではなく、金銭トラブルが動機とみられる。2人は1〜2ヵ月に一度のペースで観光目的で来比していた。犯行は、事件前の来比時に計画された可能性がある。佐鳥さんの背中には刺青が入っていた」 ◆密造銃が多く出回っている 兄弟は「日本人の首謀者から900万ペソ(約2300万円)で殺害を請け負った」と供述していたが、実際に受け取ったのは頭金1万ペソ(約2万6000円)だけだった。地元警察は、首謀者がこの兄弟を含む犯行グループに殺害を依頼した疑いがあるとして、日本から派遣された警視庁捜査員と連携して捜査を続けている。 フィリピンでは過去にも、日本人が標的となった「依頼殺人」が発生している。’14〜’15年にかけてマニラで、多額の保険金を掛けられた整骨院院長ら日本人2人が相次いで殺害された事件では、知人の岩間俊彦(日本で死刑確定、’23年に獄中死)が現地のヒットマンを雇っており、報酬は「20万円」(一審判決文より)だった。 フィリピン南部のミンダナオ島で’05年12月、1億円の保険金を掛けられた日本人男性(当時25)が絞殺された事件では、殺人容疑で逮捕された建具工の日本人男性が警察の取り調べに「フィリピン人の仲介者に64万円を渡して殺害を依頼した」と供述していた。このほか、マニラ湾で’01年6月に元郵便局員の男性(当時40)が刺殺体で見つかった事件では、主犯格の日本人男性が実行犯のフィリピン人に渡した報酬は約1万ペソだったという。 カネで殺し屋が雇える現実——。あるフィリピン当局幹部はこう語る。 「標的にもよるが、ヒットマンがたった1万ペソほどで殺しを請け負うことは実際にある。仲介者が入ればさらに高額になるだろう」 今回の事件では「報酬900万ペソ」が口約束されながら、結果的に実行犯は1万ペソで人を殺めてしまった。わずかな金額でも依頼殺人が成立してしまう背景には、フィリピンで銃器が容易に入手できるという銃社会の実情もある。 フィリピン国家警察などによれば、’14年時点で登録銃所持者は約170万人で、未登録の不法所持を含めると約390万人に達するという。警察登録を済ませれば一般人でも銃の所持・携行が可能で、外国人でも現地の仲介を通せば入手は難しくない。マニラ首都圏のショッピングモールにはガンショップが並び、回転式拳銃からオートマチックまでが数万ペソで買える。銀行の入り口にはライフル銃を持った警備員が待機し、密造銃も多く出回っている。日本とは異なり、銃が日常のすぐそばに存在することが、「小遣い稼ぎのような感覚」で殺人を請け負うヒットマンを生み出す温床になっているのだ。 今回の事件の裁判はまだ始まったばかり。無罪を主張する兄弟が今後の審理で自白に転じ、首謀者が特定される日は来るのだろうか。

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