2025年秋の映画界を見渡すと、“爆発”をモチーフとした作品が目立っていることに気づかされる。一つは10月31日に公開された呉勝浩原作の実写映画『爆弾』、もう一つは藤本タツキの人気マンガを原作とした劇場版『チェンソーマン レゼ篇』だ。 いずれも観客動員、興行収入ともに大ヒットを記録しているが、なぜ今“爆発エンタメ”に多くの人が夢中になっているのだろうか。本稿では作品分析を通して、その魅力を探ってみたい。 まず『爆弾』は、東京を恐怖に陥れる連続爆破事件を描いた社会派サスペンス。事件は警察に逮捕された一見平凡な男性・スズキタゴサク(佐藤二朗)が、「霊感で事件を予知できます。これから3回、次は1時間後に爆発します」と口にしたことから始まる。実際に都内で爆発騒ぎが巻き起こる一方、警視庁捜査一課の類家(山田裕貴)ら警察たちは密室の取調室でスズキとの謎解きゲームを繰り広げていく。 作中で強い印象を受けるのは、事件の幕開けとなる秋葉原・ラジオ会館の爆破シーンだ。まずは街頭カメラのような引きの画で、いつもの秋葉原らしい雑多で穏やかな光景が映し出される。そしてその静けさのあと、突然ビルの内部から瓦礫が吹き出し、爆風が通りを飲み込む。爆音と同時にフレームの外へと吹き飛ばされる人々、そして逃げ惑う群衆たち……。「いまこの国で爆弾が爆発するとはどういうことか」をドキュメント風の距離感で突きつけてくるショットだ。 さらに別の場面では、爆発で吹き飛んだ人体の断面が一瞬だけ画面に映るという演出も。PG指定のなかでギリギリを攻めるような描写だが、ここにも「爆弾が奪うものの重さを軽く扱わない」という意図が感じられる。 そしてこうした描写に説得力を与えているのが、リアリティにこだわった制作スタイルだ。ほとんどの爆発シーンはCGではなく、実際に火薬を使った撮影によって制作されている。 爆弾捜索に奔走する巡査・倖田役の伊藤沙莉は、『めざましテレビ』(フジテレビ系)のインタビューで爆発シーンの撮影について振り返り、「来るとわかっていても、音と迫力で思わず『うわぁ~』ってなるから、ビックリするお芝居が必要ないくらい」と語っていた。また同じインタビューでは、類家役を演じた山田裕貴が「『命は平等なのか』という問いを、映像そのものが突きつけてくるような作品」というコメントを残していた。(※) とくに劇場の大スクリーンで鑑賞すると、こうした爆発シーンのこだわりを強く感じられるはず。画面いっぱいに広がる火球や爆発時に鳴り響く重低音、煙の流れやガラス片の飛び方、群衆の逃げ方といった描写の総体が、生々しい臨場感を伝えてくるからだ。 別の角度から言えば、同作の爆破シーンはリアリティを重視することで、観客に生々しいスリルを体験させるものとなっている。サブスク時代の到来で映画が「家で観る娯楽」になりかけているなか、映画館ならではの体験を味わえるという点が、同作のヒットを生んだのかもしれない。