《トランプ詐欺師》を通じて紐解く、カラヴァッジョ時代の服飾の社会的意味

※ 本記事は、エリザベス・カリー著『Street Style: Art and Dress in the Time of Caravaggio(ストリート・スタイル:カラヴァッジョの時代の芸術と服飾)』(リアクション・ブックス刊)より許可を得て転載。同書は12月に刊行予定(Reaktion Books © 2025. All rights reserved)。 カラヴァッジョの作品の中で、《トランプ詐欺師》ほど衣服の素材やスタイルが緻密に描写されているものはない。しかもそれが、絵の中で繰り広げられる物語に欠かせない要素になっている。登場人物たちの衣服の違いは、彼らの関係性や、それぞれの人物像を類推するためのヒントなのだ。 3人の中で最も上質で高級な素材を使った服を身につけているのは左側の純朴そうな若者で、彼だけが袖付きのダブレット(胴着)を着用している。暗い赤紫のサテン生地をたっぷりと使い、黒いベルベットのパイピングで装飾された配色は、上流階級の男性らしい落ち着いた色合いだ。また、巧みな刺繍が施されたリネンのシャツの襟や、しっかり糊付けされたフリルの袖口など、隅々まで洗練されている。とはいえ、ほかの2人の衣服にも注目すべき点は多い。 この絵は、ファッションが社会階層の複雑化を際立たせることを示している。売買やリサイクル、交換などさまざまな手段で衣服の流通が促され、人から人へと渡りやすくなったことで、かえって社会の周縁に置かれた人々の存在が目につきやすくなったのだ。 絵の中で最も派手な色使いの服を着ているのは、17世紀の美術史家、ジョヴァンニ・ピエトロ・ベッローリが「詐欺師の若者」と呼んだ後ろ向きの人物だ。ティツィアーノ・ヴェチェッリオの《刺客》(イタリア語でIl Bravo:イル・ブラボー)に描かれたヴェネチア男の服装との類似性から、彼はブラボー(刺客または用心棒として雇われていたならず者)だと解釈されることが多い。しかし、黄色を基調とした縞模様の胴着とズボンは、彼がお仕着せを着た使用人、それも下僕である可能性を示唆している。上唇の上に生えている髭の薄さから、彼はおそらく18歳前後で、上質な服をまとった対戦相手とさほど歳は離れていないだろう。 雇い主が移動する際に付き添い役を務める下僕は比較的若いことが多く、制服を着用していた。また、しばしば護衛役を兼ねていたことから、この絵の詐欺師のように武器を携行することが知られていた。一方、身分の低い使用人を信用していなかった裕福なローマ人の間では、使用人が制服を悪用したり、賭博で掛け金代わりにしたりするという噂が囁かれていた。そうした状況にあった当時、この絵を見た人々は、詐欺師の派手な服装にさまざまな思いを抱いたのではないだろうか。 宮廷における家政の手引書を残したチェーザレ・エヴィタスカンダロによれば、制服は雇用主の所有物ではあるものの、使用人にはそれを清潔に保ち、破れたり汚れたりしないよう管理する責任があった。しかし、傷んだ制服が払い下げになるのを見込んで、わざと汚して新しい制服をもらおうとする使用人もいたとエヴィタスカンダロは書いている。実際、フィレンツェの宮廷では、大公家の使用人になりすまそうと企む人物に制服を貸した使用人への罰則があった。また、ある物語では、賭博の借金の担保にした制服を失ってしまった登場人物が、職を追われる前にこう述懐する場面がある。 「賭け事にはまった使用人にパンを与える主人など、この世にいやしない。俺は一昼夜も賭け続け、有り金を全部失った後は衣類を賭け、それも全て失って、薄っぺらい胴着と白いリネンのズボン下のほかは裸同然となってしまった」 《トランプ詐欺師》の中で、最も身なりがルーズなのが真ん中の人物だ。カードについた印を感じ取るため、手袋の指先には穴が開いており、胴着のボタンは外れている。また、サイズが体に合っていないのか、袖ぐりには引っ張られたようなしわがある。この男はブラボーだ見なされることが多いが、ロマという説もある。ブラボーとロマはしばしば同じような外見的特徴で描かれていたが、どちらとも取れる曖昧な表現には、観る者に解釈を委ねる意図があったのかもしれない。

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