〈「トクリュウ」と呼ばれる新たな犯罪用語も市民権を得つつある昨今。犯罪形式の変化に合わせて警察も新たな捜査方法を導入している。ニュースへの理解度をより深めるべく、’25年に報じられたさまざまな「専門用語」を、実際の事件例をもとにノンフィクションライター・尾島正洋氏が解説する〉 ◆新たな犯罪がフォーカスされた’25年 テレグラムやシグナルなどのスマートフォン(スマホ)の秘匿性の高い通信アプリを通じて、高額なアルバイト報酬を示して実行犯を募り、指示役が主導した強盗事件などが近年、全国各地で相次いだ。新聞やテレビのニュースでは、事件は「匿名・流動型犯罪グループ」を略した『トクリュウ』による犯行だとの報道が繰り返された。今やトクリュウというワードで一連の事件が思い起こされ、すっかりと社会に定着し、良くも悪くも市民権を得た感がある。 警察当局はトクリュウについて、「SNSを通じて募集する闇バイトなど緩やかな結びつきで離合集散を繰り返す集団」と位置付けている。強盗事件などの強行犯だけでなく、以前から被害が絶えない特殊詐欺、近年横行しているロマンス詐欺、投資詐欺なども含まれる。このほか、風俗店に女性を紹介することで高額報酬を受け取る悪質スカウトなど“秘匿性の高い通信アプリ”を使う手口であれば大きくトクリュウとして認定している。 それでは秘匿性の高いスマホの通信アプリ『テレグラム』や『シグナル』の情報のやり取りについて、警察当局はどのように捜査しているのか。盛んに報じられたのが『デジタル・フォレンジック捜査』というワードだ。 例えば、「ルフィ」などと名乗る指示役らが’23年に起こした強盗殺人事件では、まず合同捜査本部は実行犯が使っていたものや関係先の捜索からかなりの台数のスマホを押収した。スマホのメッセージは暗号化されていたが、特殊なソフトを利用してメッセージのやり取りのかすかな痕跡を発見し復元する捜査が進められた。これが『デジタル・フォレンジック捜査』である。 「メッセージをつなぎ合わせて指示役と実行犯のやり取りを復活させた。完全に消去しきれずに残っていた断片的なデータを吸い上げ、繋ぎ合わせていくんだ。闇バイト事件の犯行グループのわずかなミスを逃さなかった」(警察当局の幹部) さらに、次のように捜査の舞台裏についても明かす。 「連続強盗などの闇バイト事件は’24年末以降は発生がピタリと止まった。この時期は、特殊詐欺グループや悪質ホスト、スカウトなどによる事件で、全国で数百人を逮捕していた。この中に闇バイト事件の指示役がいたため、強盗などの指示がなくなり発生自体もなくなったと考えられていた。この予測通り、逮捕者の中から指示役を捜査線に浮上させることができ始めている」 ◆警察内部の失態で報じられた「ある単語」 事件について捜査を進めていくうちに犯人を捜査線に浮上させた際、日常生活の行動パターンを把握するために、尾行や張り込みなどで行動を確認する、文字通り「行動確認」といった捜査が行われる。現場の刑事たちの間では略して『コウカク』というワードが使われている。現場で捜査に従事している刑事が解説する。 「まずはヤサ(住所、居住地)を確認し、勤務先があれば毎日のように通勤しているかどうか、退勤後の主な立ち回り先はどうなっているか把握する。定職に就いていなければ日常的にどういった行動パターンなのかを確認する。逮捕状を得た場合に、本人がどこにいるのか分からないというわけにはいかないからだ」 コウカクといったワードが大きく報道されたケースがあった。’25年1月、警視庁暴力団対策課(暴対課)は悪質スカウトグループ『ナチュラル』幹部の逮捕へと動き出したが、“Xデー”直前に全員の行方が分からなくなってしまったのだ。 この大失態について、11月には『ナチュラル』に情報を漏らしたとして警視庁暴対課の40代警部補が地方公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕されている。この逮捕について新聞各紙の報道では、警視庁幹部の「逮捕予定の人物をコウカクしていたが、一斉にいなくなった。捜査情報が抜けていた」とのコメントが掲載されている。 『特別捜査課』というワードも’25年秋以降、新聞やテレビのニュースで頻繁に報道された。警視庁はトクリュウの取り締まりを強化するため、10月1日、刑事部と組織犯罪対策部を統合して改めて新体制の刑事部を立ち上げ、トクリュウの捜査を専門的に行う約450人体制の特別捜査課を新設した。 新たな捜査手法も取り入れていた。捜査員がSNSで闇バイトに応募し雇われたふりをしてトクリュウに接触する「仮装身分捜査」を導入。特殊詐欺事件の捜査で詐欺容疑での逮捕の実績もある。近年は特殊詐欺の電話の発信地がカンボジアなど東南アジアに拠点があることが分かっており、各国の警察当局との連携が欠かせない。 ◆ドラマでもよく聞く「マル」が付く言葉 最後にニュースなどの報道で使われるワードではなく、警察社会で現場の刑事たちが日常的に使っている隠語について紹介したい。 警察ではさまざまな用語に「マル」を付けて使うことが多い。逮捕された人物に用いられる容疑者というワードは報道用語で、警察では被疑者と呼んでいる。そこで被疑者については、「被」にマルを付けて『マル被』という言い方をする。事件の被害者については、『マル害』で、参考人や関係者らを含めた捜査対象者については、『マル対』となる。また、変死体は『マル変』と呼ばれる。その他、「マル…」という用語例は多数にのぼる。 このような隠語があるなかで、当初の意味とは全く逆の使われ方をしている用語がある。それは『マル暴』という言葉だ。暴力団犯罪捜査に長年にわたり携わってきたベテラン刑事が解説する。 「かつては暴力団組員そのものをマル暴と呼んでいた。それから次第に暴力団組員の事件を捜査する刑事のことをマル暴刑事と呼ぶようになった。 マル暴刑事から簡略化されて刑事が外れて、ヤクザ捜査専門の刑事をただ単にマル暴と呼ぶようになっていったと聞いている。これはかなり昔の話だから、いつごろ、どうしてなのか、といったことは分からない」 社会の変化に合わせ、複雑化し、変化し続けている犯罪手法。数多くのニュースを深く、正しく理解するためにも、これらの単語はぜひおさえておいていただきたい。