「戦争から逃げて、また戦争に巻き込まれた」。アフリカ中央部出身の青年エリックは、気が付けばカンボジアで特殊詐欺グループの拠点にいたわが身をそう語る(安全のため出身国と本名は伏せる)。 母国の紛争から逃れて極貧の生活をしていたエリックは、カンボジアで月給2000ドルの仕事を紹介するというメールを受け取った。首都プノンペンの空港に着くと、そのままタイ国境近くの詐欺グループの拠点に連れて行かれた。 だましている相手に警告しようとして監督者に見つかったときは、死ぬかと思うほど殴られた。一緒に働いていた人がいつの間にかいなくなり、窓から飛び降りた人は二度と姿を見ることはなかった。 1カ月後、昨年12月にタイ軍が国境紛争でカンボジアに爆撃を開始した隙に、エリックは脱走した。もっともつかの間の自由だった。別の詐欺拠点に売られた後、今年1月中旬に再び脱走した。 エリックは現在、カンボジア国内で途方に暮れている。ほかにも数千人の外国人が、特殊詐欺の大規模な取り締まりが行われるという噂が広がって施設から解放されたが、身動きが取れずにいる。 きっかけは1月初めに、カンボジアを拠点とする中国出身の実業家、陳志(チェン・チー)が逮捕されたことだ。米司法省が「サイバー詐欺帝国の首謀者」と呼ぶ陳を追って数カ月前から国際合同捜査が行われていた。 急成長しているオンライン詐欺産業は年間数十億ドルの不正な利益を生み出し、数十万人が東南アジアやその他の地域の恐ろしい「詐欺工場」に人身売買されている。 詐欺グループの拠点が特に多いカンボジアに対し、国際社会から取り締まりを強化するよう圧力が高まっている。当局は関連施設を急襲したこともあるが、これまでは限定的な作戦で形だけに見えた。 それでも今回は規模が違った。1月に複数の施設が突然、働かせていた人々を解放し、詐欺業界とつながりのあるカンボジアの有力実業家と複数の高官が逮捕された。