【鹿児島】ハンセン病差別が根底にある菊池事件を題材にした映画「新・あつい壁」の中山節夫監督が8日、鹿屋市のリナシティかのやで講演した。ハンセン病問題との関わりや映画を撮ろうと思ったきっかけなどを話した。 中山監督は1937年、熊本県合志町(現合志市)生まれ。国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園は子どものころの遊び場の一つだった。戦後間もないころ、近くの人たちは食料を入所者の衣服と交換していたエピソードを紹介し、「交流のあるところに差別はない」と話した。 菊池事件では、現在の熊本県菊池市で52年に元村職員が殺害され、ハンセン病患者とされた男性Fさんが逮捕された。Fさんは無実を訴えたが、隔離された「特別法廷」で死刑判決を受けて62年に執行された。 中山監督は衝撃を受けて、恵楓園であった死刑執行への抗議集会に参加した。その後も関心を持ち続けて事件の真相を追った。Fさんは、事件発生時に親戚のところにいたアリバイがあったとみる。「それを主張すると、その人が差別されるため言えなかった。ハンセン病患者の親戚も差別されたから」と説明した。 NPO法人「ハンセン病問題の全面解決を目指して共に歩む会」が主催した。鹿屋市の大姶良小学校6年生による意見発表「ハンセン病問題学習を通して考えたこと」もあった。(宮田富士男)