1月に米軍の特殊部隊がベネズエラの首都カラカスを急襲し、当時の大統領を拉致した際にも同様の動きがあった。トランプが作戦実施を命じる数時間前に、ポリマーケットの匿名アカウントの1つが「ベネズエラ大統領の失脚は近い」に3万2000ドルを賭け、40万ドルを手にしていた。 バブルマップスCEOのニコラス・ベイマンは、イラン戦争絡みの賭けの結果が意味するところについて、慎重に言葉を選んで話した。 「今回のケースでは、ポリマーケットの当該アカウントに過去の取引履歴がなく、2月28日の米軍によるイラン攻撃の前日に初めて、その攻撃に関する賭けを行っていた。だから、これは公表すべき事案だと思った」 なおポリマーケットでの取引は暗号通貨などに使われるブロックチェーンの技術で決済されるために匿名性が高く、参加した人物を特定できる確率は限りなくゼロに近い。 CNNの報道によれば、あるポリマーケットの参加者は過去2年間で、イラン関連の賭けの93%を的中させていた。その多くはアメリカやイスラエルによる軍事行動の可能性や時期に関するものだった。どんなに優秀なアナリストでも、的中率93%はあり得ない数字だ。 4月7日の停戦発表の数時間前にも、ポリマーケットに数十の新規アカウントが作成され、イランとアメリカの交渉に関する極めて具体的な賭けを行ったという。こちらはAP通信が最初に伝えた。 偶然ではない。こうした予測市場が成長した背景には意図的・組織的な規制緩和の流れがあり、運営会社の中立性を疑わせるつながりもある。 なにしろ大統領の長男ドナルド・トランプJr.はカルシの戦略顧問で、ポリマーケットに出資している「1789キャピタル」のパートナーでもある。一方でトランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループは独自の予測市場「トゥルース・プレディクト」を立ち上げる予定だ。 大統領の長男が予測市場の大手2社の経営に深く関わり、大統領の会社は新規参入を目指している。これで中立性を保てるわけがない。 トランプがCFTC委員長に指名したマイケル・セリグは、予測市場の取引はギャンブルではなく、連邦法上の正当な金融商品として扱うべきと声高に主張している。 ジョー・バイデン前政権下では、ポリマーケットが未登録のデリバティブ(金融派生商品)取引を提供していたとしてCFTCに摘発されていたが、セリグの就任以降、捜査は打ち切られた。収益性が最も高く、法的な問題をはらむ政治やスポーツ関連のイベントへの賭けを禁じる規制案も撤回された。 SECの元法律顧問で、金融規制の監視団体ベター・マーケッツのベン・シフリンは、「CFTCの元法律家が『今はホワイトカラーの犯罪者には最高の時代だ』という趣旨の発言をしていたが、実にそんな感じがする」と指摘した。 逆の見方もある。保守系シンクタンクであるケイトー研究所のアダム・ミシェルに言わせると、予測の的中を不正行為の存在と安易に結び付けるのは行きすぎだ。 ただし政府の決定次第で兆単位の金が動きかねない状況では、不正なインサイダー取引への誘惑があらがいがたいものになることは認めている。ではどうするか。ミシェルのような自由放任主義者にとっての解決策は、規制強化ではなく市場に対する政府の影響力の縮小だ。 だが現政権からのメッセージはこうだ。ルールは恣意的に適用する、規制当局は鎖につないでおく、だから今は政府の機密を利用して、好きなように予測してくれ! どうしてアメリカはこんな国になってしまったのか。少し視野を広げて考えてみると、行き当たるのはまたしても彼の名だ。少女人身売買の罪で起訴され2019年に獄中で死亡した富豪ジェフリー・エプスタイン。死亡の経緯にまつわる謎はさておき、注目すべきは「エプスタイン文書」だ。議会の要請を受け、司法省が公開した膨大な資料だ。 エプスタイン文書から見えてくるのは、必ずしもインサイダー取引のような疑惑ではない。しかしどちらの根底にも、権力者の抱きがちなゆがんだ信念がある。自分には法律や道徳も経済のルールも適用されない、自分は何をやっても許されるという信念だ。 そう信ずればこそ、トランプは昨年1月にこの国の権力の頂点に返り咲いた──そう言えなくもない。 アメリカでは、エプスタイン文書絡みで起訴された有名人はいない。ただし名前はたくさん出てきた。現職大統領に加え、元財務長官のラリー・サマーズ、元大統領のビル・クリントン、かつてトランプの盟友だったスティーブ・バノン、JPモルガン・チェースCEOのジェイミー・ダイモン、等々。 しかしエプスタイン絡みで、イギリスではアンドルー元王子が2月19日に公務上の不正行為の疑いで逮捕された(その後に保釈されたが、今も捜査は続いている)。労働党出身のピーター・マンデルソン前駐米大使も逮捕された。ノルウェーでもトルビョルン・ヤーグラン元首相が訴追されている。 イギリスの場合、こうした事件は公職における不正行為という昔ながらのコモンロー(一般法)で起訴に持ち込まれる。イギリスにあってアメリカにないのは、法の裁きに懸ける検察の意欲だ。 元検察官で、ニューヨークのペース大学で法学を教えているベネット・ガーシュマンに言わせると、トランプの名は「あの文書の至る所に出てくる」が、エプスタインの話は今や「アメリカでは政治的にアンタッチャブルだ」。 個人的には、3月23日のインサイダー取引疑惑に関する調査は水面下で進んでいて、ヘグセスへの利益供与に関与した人物への調査はSECの精鋭チームに引き継がれ、新興の予測市場には厳格なルールが適用され、エプスタイン文書は黒塗りなしで公開されて検察の手に渡り、捜査が始まると信じたい。それでこそ民主主義は健全だ。 でも現状を見る限り、なかなかそうは信じ難い。今は行政の現場で責任者の辞任や解任が相次ぎ、規制の強化が立ち消えになり、何を捜査するかは権力者の腹ひとつで決まっている。 見よ、今のアメリカはトランプ政権の約束した黄金時代ではない。いや、時の権力に寄り添う諸氏には文字どおりの黄金時代かもしれない。なにしろ都合がよすぎる。規制当局は骨を抜かれ、監督機関は乗っ取られ、大統領の一族は金融システムで最も規制の少ない一画で甘い汁を吸い、司法省は任務の遂行よりも事実の隠蔽に熱心だ。 権力にアクセスでき、それを利用する図太さのある人間にとっては願ってもない条件がそろった。CFTCの元職員が言ったように、ホワイトカラーの犯罪には絶好の時期。腐臭漂う黄金時代だ。 ※この記事は後編です。前編「ようこそ『腐敗の黄金時代』へ! トランプのSNS投稿直前に謎の大規模取引、市場操作疑惑を徹底検証」は関連記事リンクからご覧ください。