俳優の中村玉緒さんが、肺炎のため86歳で他界した。12日、日本音楽事業者協会が発表し、所属する長良プロダクションも文書で伝えた。名俳優だった亡き夫の勝新太郎さんに注いだ深い愛情や、テレビのバラエティー番組でのコミカルな表情…。お茶の間でおなじみの愛されキャラだった。 ■「生まれ変わっても一緒になりたい」 玉緒さんは1939年、父親が二代目中村雁治郎さん、兄が四代目坂田藤十郎さんという歌舞伎俳優の一家に生まれた。1953年に映画デビューし、翌54年、大映と専属契約以後、多数の映画に出演した。 62年、勝新太郎さんと結婚した。1997年に咽頭がんのため65歳で亡くなった勝さんとは、おしどり夫婦として知られ、豪放なイメージで売った勝さんとの相思相愛ぶりはおなじみだった。告別式で発した「生まれ変わっても一緒になりたい」はいまでも語りぐさになっている。2003年の七回忌でも「思いは一生」と深い愛情を示した。 一方で、80年代にはトラブルにも見舞われ続けた。「勝プロダクション」の倒産で多大な負債を抱え、長女と長男の薬物事件での逮捕、長男が撮影中に使用した真剣で死亡事故を起こしたこともあり、身内に悩まされたようだ。 90年には勝さんがハワイのホノルル空港で下着の中に大麻とコカインを入れていたとして現行犯逮捕された。勝さんは「もうパンツははかない」の言葉を残した。玉緒さんは公判で情状酌量を訴えるなど、常に夫を支え続けた。 ■「手にキスを受けた回数」でギネスに 90年代以後はテレビのバラエティー番組やCMへの出演が増え、ユーモラスなキャラクターが人気を呼んだ。中でも1994年、54歳だったときに放送が始まった明石家さんまさんとの共演番組「明石家多国籍軍」などで発揮された「天然ボケキャラ」が浸透した。 2009年にはテレビ番組の企画で「手にキスを受けた回数」でギネス世界記録を受けるなど、精力的に活動を続けた。 2019年にはプロ野球・中日-DeNA戦(ナゴヤドーム)で人生初の始球式を行った。元西武ライオンズのエース、松坂大輔投手の大ファンで、「ニュースでチェックしています。頑張ってほしい」とエールを送っていた。