元MBSアナ・豊崎由里絵さんが立ち上げた「シェア実家」とは 子育ての孤立に向き合う新たな取り組み

MBS(毎日放送)のアナウンサーとしてキャリアを築き、「会社で上を目指す」ことを当たり前の未来として思い描いていた豊崎由里絵さん。しかし、仕事が軌道に乗り始めたタイミングでの妊娠・出産、そして産後2カ月半での復帰を経て、これまでと同じ働き方では立ち行かなくなる現実に直面します。 退社してフリーに転じた後、コロナ禍の中で第二子を出産。その後、大阪の認定こども園で保育士として働く機会を得て、親としての実感とは別の角度から、保育の現場に立って見えてきたことがあるといいます。 そして今、彼女は「シェア実家」という新たな試みを始めています。シェア実家とは、実家のように気軽に子どもを預けたり立ち寄れたりする、地域で子育てを支え合う場。「ちょっとだけ見てほしい」を叶える、予約に縛られず利用できる一時預かりや居場所を備えた“みんなで使う実家”のような場所を、どのように実現し、運営しているのでしょうか。 ■子どもにとって丁寧な保育で、親の「1時間だけ預かって」も叶えたい ――MBSを退社してフリーになってから、働き方はどう変わりましたか。 豊崎由里絵さん(以下、豊崎) やっぱり子どもといられる時間はすごく増えて、以前感じていたような罪悪感は解消されました。コロナ禍には第二子も誕生しました。コロナ禍で仕事が減った時期は時間ができたので、短い期間ですが大阪の認定こども園で保育士として働いたことも。すごく楽しかったのですが、同時に、保育現場の課題も感じました。 ――課題というと、具体的にはどんなことでしたか。 豊崎 当時は、1歳児・2歳児ともに「保育士1人に対して子ども6人」という配置基準でした(現在は見直しが進み、5人へと改善される方向にあります)。 クラスに担任が2〜3人いても、場面によっては「別の教室のサポートに入ってほしい」と言われることがあって、結果として人手が多い状態が長くは続かないこともありました。保育の人数配置はルールに基づいて調整されていることを実感すると同時に、子どもにとってより丁寧な関わり方をできるようにしたいと考えるようになりました。 ――保育現場の働き方の面でも気づかれたことはありましたか。 豊崎 保育士は45分の休憩時間の中で連絡帳を書いたり食事をとったりと、いくつかの業務を並行して進める必要があり、さらに時期によっては草むしりなど環境整備の作業が入ることもあります。そして、そうした働き方が一般的に受け入れられているんですよね。 その頃から、子どもと向き合う時間をしっかり取れる保育の形って、他にないのかなと考え始めました。 ――「どういう形なら解決できるのか」というイメージはあったのでしょうか。 豊崎 その頃は「シェア実家」という言葉も思いつかず、まだ漠然としたイメージしか持てませんでしたね。ただ、日常生活の中で「ちょっとだけでも子どもを見てくれる人がいたら、子育てってもっと楽になるのに」とはずっと思っていました。 実家が遠くて頼れない中で、「1時間だけお願いしたい」という場面って結構あるんですよね。でも、そういうふうに気軽に頼れる場所ってなかなかなくて。 それはきっと自分だけじゃないはずだな、という感覚があったので、特別な施設というよりも、もっと気軽に立ち寄れて、頼れる“実家みたいな場所”があったらいいな……とぼんやり考えていました。 これを事業にできないかと模索していたとき、夫の転勤で東京へ引っ越すことになり、世田谷区のスタートアップ支援のスクールに通ってみることにしたんです。 ■小児クリニックを改装「あなたみたいな人を待っていた」 ――「シェア実家」という形が明確化したのはいつごろだったのですか。 豊崎 最初からしっかりした事業計画があったわけではなく、漠然としたイメージを形にできないかと模索しながら始めました。スクールで話し合いを重ねていく中で、参加者の一人が「自分の事業をやめてでも一緒にやりたい」と言ってくれて、「シェア実家」という事業の骨格が固まっていきました。さらに最終発表でグランプリを取ってしまって、「これはもうやるしかない!」と腹をくくって、2024年末に法人を立ち上げました。 ――そこから具体的に動き出したのですね。 豊崎 まずは場所探しからでしたね。世田谷区は空き家がとても多いので、空き家を活用する事業にしようと考え、登記簿を調べて所有者に直接手紙を送り「こういう事業をやりたいので貸してもらえませんか」と相談しました。快諾していただけたのが、現在「シェア実家」を開いている桜新町の物件です。 ――ここは以前は小児クリニックだったと伺いました。 豊崎 そうなんです。私も実は上京当初、子どもがお世話になったことがあります。惜しまれながら閉院したタイミングで、オーナーさんにご相談したら「あなたみたいな人を待っていた。ぜひ使ってください」「原状回復しなくていい」と快く貸してくださいました。 ――心強い協力を得て、もともと考えていた「実家みたいな場所」というイメージが、少しずつ具体的になっていったんですね。 豊崎 一時預かりだけではなくて、親子でふらっと来られる場所や、地域の人が関われる場所として形になっていきました。使ってくださる方や地域の方が「手伝うよ」と言ってくださることも多くて、場所があることで人がつながっていくのを実感しています。 ■“預ける”だけじゃない。年齢も目的も混ざる居場所へ ――「シェア実家」は、どんな使い方ができる場所なのでしょうか。 豊崎 私を含め保育士が常駐しているのでお子さんの一時預かりはもちろん、イベントやワークショップ、習い事も開催しています。学習支援の時間もあるので、小学生もランドセルのまま来たりしますね。ふらっと親子で遊びに来ておもちゃで遊んで帰るのでも全然いいんです。去年の夏休みは気象予報士のお友達が自由研究講座をやってくれました。 ――主に未就学児向けの子育て広場より、対象の年齢幅が広いのですね。子どもの一時預かりも、市区町村でやってくれてはいますが、いざ使おうとすると予約のハードルが高いことが多いですよね。 豊崎 そうですよね、私も経験者です。利用したい前月の1日の朝10時に電話して、繋がったときにはキャンセル待ち。結局1回も預けられたことがありませんでした。ここは今のところ、前日でも枠が空いていれば予約を受けられます。基本的には子どもの人数最大4人に対して保育士さん2人の体制です。少人数での丁寧な保育を私はどうしてもやりたくて、実現しました。 ――利用してほしいのに届いていない層があると感じることはありますか? 豊崎 小さなお子さんにつきっきりで孤独を感じているママさんには特に、是非利用してほしいと思っています。 しばしば「うちの子、他の人はダメなんです。お母さんしかダメで、おじいちゃんおばあちゃんもダメで、どこにも預けられないんです」とおっしゃる方がいるのですが、でも最初はどのお子さんもそうじゃないですか。初めての預かりで、最初から最後までずっと泣いているなんてことも保育士からしたら当たり前です。「いっぱい泣いても全然いいですよ、ずっとそばにいますよ」とお伝えしたいです。 ただ、孤独な環境で悩んでいる方ほど、リーチするのが難しい。お家のドアを開けるきっかけをどう作るかというのが、とても難しいところだなと思います。 ――住宅街でこんなにたくさんの家があっても、近所の交流は希薄だったりしますよね。 豊崎 はい。でも場所を作ってみたら、意外なほどいろんな方が「手伝うよ」と集まってきてくださいました。シェア実家のオープンにあたって近隣へ挨拶に回ったのですが、みなさんとても親切にしてくださって、「まあ、そんなことを始めるの? 私、保育士なの。手伝うわ」と、そのままここで保育士してくださってる方もいらっしゃいます。 玄関を隔てて、子どものことを好きな人がこんなに大勢いるなんて、ここを作るまでは知りませんでした。つながる機会がなかったから「みんな冷たい」って感じてしまったり、子育てに誰も興味ないのかなと思ってしまったりもするかもしれません。交流の場があることって大切なんだと実感しました。 ■子育ては「親だけの責任」ではない——“社会化”という視点 ――ここまでの経験を経て、仕事観・キャリア観はどう変わりましたか。 豊崎 あらためて思うのは、キャリアって掛け算なんだなっていうことですよね。私はアナウンサーになって毎日放送で生きていくって決めて、目の前のキャリアを順調に登っていくものだと思っていましたが、今振り返ると視野が狭かったかもしれません。 たとえば育児しかしていなかった時期も、キャリアが止まっている時間ではなくて、「育児を経験している時間」でした。「アナウンサーで、育児を集中して経験して、保育士としてパート勤務をしたことがある私」っていうのは、キャリアの掛け算ですよね。一本の道を最後まで走れなかったけれど、全然違う価値を持った人間になれているなって思うんですよね。 ―― 一見するとバラバラに見える経験が、今の仕事につながっている感覚でしょうか。まさに掛け算ですね。 豊崎 だから、一般に“ブランク”と言われるような時期がある人も、それはブランクじゃなくて、別の何かをやっていた時期。家事かもしれないし育児かもしれないし、病気と闘う時期かもしれない。その別の何かをやってた時期って、必ず掛け算で組み合わせることができるので、その人にしかない経験が仕事の武器になっていくんだなって、やっとわかった感じです。 ――今も子育てとお仕事を並行されていて会社員時代とは違う忙しさがあると思いますが、豊崎さん自身の子育ても、シェア実家をはじめたことで変化がありましたか。 豊崎 ある時、シェア実家で働いてくださっている保育士さんたちとお話する中で、私自身も3人目を産み育てることに興味があるけれどなかなか忙しくて踏み出せない、という話をしたことがあります。そうするとご自身の子育てを終えた年代の保育士さんが「あら、産まれたら私が手伝うから産みなよ!」と軽く言ってくださったのです。 地域に子育てを手伝うよと声をかけてくれる人がいる。その瞬間からなんだか心が軽くなり、もう一度自分の赤ちゃんを抱いてみたいという思いが強くなりました。もともと夫や子どもたちは3人目を望んでいたこともあって前向きに考えることになり、実はこの秋に第三子を出産予定です。 ――おめでとうございます。これまでの経験を経て、三度目の出産・子育てはどのように捉えていらっしゃいますか。 豊崎 次男の出産から5年以上も経っているので、出産グッズや常識も変わっていて日々勉強し直しているところです。長男・次男が毎日のようにお腹の子の名前を提案してきてくれるのも何とも愛おしく、家族でチームとして出産を迎えられればと思っています。 ――最後に、子育て中の方へメッセージをお願いします。 豊崎 私はシェア実家を通して子育ての社会化を目指しています。子育てって基本的に親がやるものだとみんな思っているし、何かあれば親の責任になります。だけど全部が親の責任だとすることで、追いつめられてしまうこともある。 たとえば生まれたばかりの赤ちゃんがロッカーに遺棄されるような事件があって、お母さんが逮捕されて事件は終わるけれど、それで何も解決しませんよね。子どもの幸せを考えるなら、親も含めて社会で包摂する視点が大切だと思います。 親にとっても、近所の人が一緒に子育てしてくれる方がハッピーに暮らせると思いますし、子どもにとっても、親以外に相談できる大人が地域にいれば逃げ道があるかもしれません。 だから、子どもは地域で育つもの、みんなで育てるものっていう意識をもっと持って、辛いことも楽しいこともシェアしていけたらいいなと思います。 豊崎由里絵(とよさき・ゆりえ) 1988年生まれ。青山学院大学卒業後、2013年に毎日放送(MBS)にアナウンサーとして入社。情報番組やバラエティなどで活躍し、順調にキャリアを築く。結婚・出産を経て、仕事と育児の両立に向き合う中で働き方を見つめ直し、2019年に退社。2025年、東京都世田谷区桜新町に子育てを地域で支え合う拠点「シェア実家」を立ち上げた。 (取材・文 マイナビ子育て/写真はすべて豊崎由里絵さん提供)

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