<特派員の目>ハーバード大学の矜持=八田浩輔(ニューヨーク)

第2次トランプ政権の発足後、米国の新聞記事に取材協力者が匿名で登場することが明らかに増えた。筆者の関心分野のバイアスもあるだろうが、連邦職員や大学の関係者に多い印象だ。おおよそ「報復を恐れて」という理由が書き添えてある。現職の判事が不法移民をかくまったとして政権の目に留まり、逮捕・起訴される現在の米社会の状況を考えれば当然かもしれない。 渦中のハーバード大学の取材でも、複数の関係者から記事では名前を伏せてほしいと強く求められた。同大はトランプ政権が助成金継続の条件としたDEI(多様性、公平性、包摂性)の施策廃止などの要求を拒み、26億ドル(約3810億円)以上が凍結された。大学側は政権の対応は憲法に違反するとして提訴し、決定の取り消しを求めている。 公的研究費の停止は研究者にとって文字通り死活問題だ。それでも、ある科学者は「私の周りでは大部分の教職員が大学の対応を支持し、ハーバードで働くことを改めて誇りに感じている」と話した。教員の間では給与の1割を大学に寄付する動きも広がっているという。外部資金への依存度の高い医学部では、雇い止めや一部の研究が中止に追い込まれるなど影響が生じているが、「学問の自由」を死守する高い士気を保っているようだ。 補足が必要だろう。ハーバードより先に「標的」となったコロンビア大学は、政権の圧力に屈していた。今年3月に4億ドルの助成金を凍結されるや否や、パレスチナを含む中東研究のカリキュラム見直しや学生の抗議活動取り締まり強化を約束した。イスラエルによるガザ地区への攻撃を巡り、全米に拡大した学生運動の震源地となったことで見せしめとなった意味合いが強い。 コロンビアの「敗北」もあり、ハーバードはリベラルな学風が強いエリート大学を相手に攻撃を強めるトランプ政権への抵抗の象徴となった。現地メディアは、裁判では大学側に分があるとする法律家の見立てを伝えているが、戦いは簡単には終わらない。政権側は新規の助成申請却下など二の矢三の矢を放つはずだ。それが少なくともあと3年半は続く。米国で最も裕福な大学とされるハーバードとて、どこまで踏みとどまれるかはわからない。

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