パルムドール パナヒ監督に喝采「自由を求める力、止められない」カンヌ国際映画祭

第78回カンヌ国際映画祭(5月13~24日)は、最高賞のパルムドールにイランのジャファール・パナヒ監督による「シンプル・アクシデント」を選んで幕を閉じた。イラン政権の弾圧下で民主化を訴えてきたパナヒ監督への授賞に、集まった記者や映画人は熱い拍手を送った。自由で多様な映画を通じて連帯を深め、声なき声を届ける――。カンヌはその存在意義と重要性を、改めて誇示していた。 ◇復讐や暴力ではなく コンペに並んだ22作品は、力作ぞろい。常連の著名監督と新進の若手が肩を並べ、鋭い批判を込めた社会派から感情や心理を深く探究した人間ドラマまで、多様で多彩。ジュリエット・ビノシュら審査員も、賞の配分にはさぞかし苦労したに違いない。 「シンプル・アクシデント」のパルムドールは、誰もが納得の結果だった。映画は、イランの秘密警察に逮捕された過去を持つ男が主人公。自分を拷問したらしい人物と遭遇し、拉致して復讐(ふくしゅう)しようとするものの、人違いの懸念が拭えない。他の拷問の犠牲者と共に相手を追及するが、その処遇をめぐって議論となる。ビノシュは「復讐や暴力を別の方向へと変える、可能性と希望を示してくれた」と評価した。 パナヒ監督は体制に批判的な作品を発表し、投獄されたり出国を禁じられたりと、妨害と弾圧を受け続けた。しかしその困難な状況を逆手に取って秀作を発表し、世界の映画界からの尊敬と支援を集めている。2010年にはカンヌの審査員に選ばれたが出国できず、同じ年に女優賞を受賞したビノシュらが抗議声明を発表していた。 ◇3大映画祭で最高賞 今回は映画と共にカンヌ入りし、授賞式では自らトロフィーを受け取り大喝采を浴びた。今回のパルムドールで、ベネチアの金獅子賞(00年「チャドルと生きる」)、ベルリンの金熊賞(15年「人生タクシー」)と合わせ3大国際映画祭の最高賞をすべて制覇する快挙となった。 パナヒ監督は受賞記者会見で「授賞式で名前を呼ばれた瞬間、刑務所で一緒だった仲間の顔が一人一人浮かんだ。自由を求める力は止められないし、戦争や独裁に苦しむ困難な状況でも、暴力の連鎖を終わらせる解決策は必ず見つかる」と訴えた。 ◇「ルノワール」の繊細さに高評価 ほかにも男優賞と監督賞を受賞したブラジルの「シ-クレット・エージェント」など、個人を圧殺しようとする権力への抵抗は、映画祭に集まった作品の切実なテーマの一つだった。 一方で家族や個人の内面に目を向け、深く掘り下げた作品も目立った。グランプリの「センチメンタル・バリュー」はデンマークのヨアキム・トリアー監督が、父と娘の確執を描いた家族劇。著名な映画監督が、自身の母親を題材にした新作の主演俳優に娘を起用しようとしたことから、長年の確執が再燃する。 早川千絵監督の「ルノワール」は、11歳の少女の目を通した大人たちの姿や、彼女自身の未成熟な危うさを繊細に描き出した。受賞はならなかったものの、丁寧な描写を積み重ねた高い完成度で評価は高かった。22年、新人監督賞の次点となった「PLAN 75」とは全く異なる作品で、その作家性は今後さらに注目されそうだ。 ◇日本映画も多種多彩 「ルノワール」以外にも、今回のカンヌでの日本映画の存在感は際立っていた。コンペ外で上映された「8番出口」(川村元気監督)や「恋愛裁判」(深田晃司監督)、「ある視点」部門の「遠い山なみの光」(石川慶監督)や「監督週間」の「国宝」(李相日監督)といった人気俳優を起用した商業性の高い作品から、同じ「監督週間」でも若手監督の長編デビュー作「見はらし世代」(団塚唯我監督)、古典的名作を上映する「カンヌクラシック」部門の「浮雲」(成瀬巳喜男監督)など幅広い。学生映画を集めた「ラ・シネフ」部門では田中未来監督の「ジンジャー・ボーイ」が3位に入賞した。 中でも印象的だったのは、スクリーンに大写しにされた「東宝」マークだった。娯楽作をヒットさせ、国内では他を圧倒する東宝だが、芸術性優先のカンヌのような映画祭とは縁が薄かった。しかし23年、配給した「怪物」(是枝裕和監督)がカンヌで脚本賞、製作の「ゴジラ-1.0」(山崎貴監督)が24年に米アカデミー賞を受賞し米国でも大ヒット。海外市場や映画祭に目が向いた。 「恋愛裁判」は、これまでインディペンデントで映画を作ってきた深田監督のオリジナル企画。東宝は製作幹事として深く関わった。海外セールスを担当する仏配給会社mk2の勧めでカンヌを目指して製作を急ぎ、コンペ外ながら世界披露を実現。山野晃プロデューサーは「社内でも海外展開への関心が高まっている。『恋愛裁判』がテストケースになる」と語る。「8番出口」「国宝」も東宝の製作あるいは配給作品だ。 ◇合作も浸透 飛躍の好機 日本と海外との合作も増えた。「ルノワール」はフランス、フィリピンなど、「遠い山なみの光」も英国、ポーランドとの合作。「ルノワール」の水野詠子プロデューサーは「製作費調達や市場拡大だけでなく、創造性の面からも相乗効果を期待している」と話す。 多くの作品が上映されたことは、日本映画の充実ぶりを示すという面は確かにある。国内志向だった映画界の目が海外に向き始めたし、新たな才能も生まれている。ただ、深田監督が指摘したように「映画祭は、運とタイミング」。このにぎわいもいつまでも続くまい。実際、00年前後にも海外映画祭で日本映画が多く上映され、是枝、河瀬直美、北野武などの監督が世界に羽ばたいたが、“ブーム”が去ると、海外映画祭の関心は別の地域に向いていた。日本映画の市場と評価を海外に広げる好機が訪れている。【勝田友巳】

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