デンマークのデジタル化担当大臣であるCaroline Stage氏は、政府が「Microsoft Office」から「LibreOffice」への移行を始めると発表した。この決定は、オープンソース技術の優位性を理由とするものではない。真の目的は「デジタル主権」の確立にある。米国ではあまりなじみのない概念かもしれないが、欧州連合(EU)ではこのデジタル主権が重要な課題となっており、その関心は高まりつつある。 セキュリティや経済、政治、社会的な要因が複雑に絡み合い、EUがデジタル主権の確立に向けて動く原動力となっている。EUの指導者たちは、欧州が特に米国のテクノロジー企業への依存を減らし、デジタル基盤やデータ、将来の技術に対する主導権をより強く握ろうとしているのだ。 その理由は、欧州のデータを誰が管理するのか、誰がルールを決めるのか、そして地政学的な緊張が高まった際に、重要なサービスへのアクセスを誰が遮断できるのかという点について、EUが強い懸念を抱いているからだ。 例えば、EUに本部を置く国際刑事裁判所(ICC)がイスラエルのBenjamin Netanyahu首相と元国防相Yoav Gallan氏に対して戦争犯罪容疑で逮捕状を出した際、Donald Trump米大統領はICCに対して制裁を発動した。報道によれば、この制裁措置を受けて、MicrosoftがICCの主任検察官Karim Khan氏のメールアカウントを一時的にロックしたとされている。 Microsoftの副会長 兼 プレジデントのBrad Smith氏は、政治的な圧力があってもEUの顧客を支援する姿勢を示していた。その後、Politicoによると、同氏は「ICCへのサービス提供停止にMicrosoftは関与していない」と発言した。ただし、MicrosoftはKhan氏のメールアカウントがなぜロックされたのかについて、詳細な説明を避け続けている。 Microsoftが実際にTrump政権の命令に従ってサービスを停止したかどうかはさておき、将来的に同様の事態が起こる可能性があるという不安は拭えない。デンマーク政府が移行を発表する以前から、コペンハーゲンとオーフスという国内の主要都市は、Microsoft製品の段階的な利用停止を進めていた。この動きをリードしたコペンハーゲン監査委員会のHenrik Appel Espersen氏は、「政治的な緊張によって突然メールが使えなくなったり、組織内の連絡が取れなくなったりすれば、大きな支障をきたす」と警鐘を鳴らしている。 デンマーク国民の間では、Trump大統領の政策や、米国の政治的な動きが自国の公共ITインフラを脅かすのではないかという懸念が広がっている。実際、同氏はかつて繰り返し、デンマーク領のグリーンランドを米国に編入したいと発言しており、そうした背景が不信感を強めている。 デンマークの緊急事態担当大臣であるTorsten Schack Pedersen氏は、国内の企業や公共機関に対し、米国系クラウドサービスへの過度な依存を見直すよう警鐘を鳴らしている。同氏は「企業や行政機関は、クラウドサービスの利用に関して出口戦略を策定し、データの確実な所有権を確保することが望ましい」と述べている。 米国の大手テクノロジー企業との連携に対して懸念を抱いているのは、デンマークだけではない。EU加盟国の中には同様の疑念を持つ国が他にも存在する。オランダ出身の欧州議会議員Bart Groothuis氏は最近、「欧州は米国のクラウドに関して“問題”を抱えている」と指摘し、「EUは独自のクラウド基盤を構築すべきだ」と主張した。 しかし、こうした動きの背景には政治的な理由だけでなく、経済的な要因も大きく関わっている。たとえば、コペンハーゲン市がMicrosoft製ソフトウェアに支払った費用は、2018年の3億1300万クローネ(約45億5828万円)から2023年には5億3800万クローネ(約78億3500万円)へと急増し、わずか5年間で72%も増加した。 とはいえ、この移行が容易に進むとは誰も考えていない。「Azure」、Office、「Windows」といったプラットフォームから、「NextCloud」、LibreOffice、「Linux」などEU圏の第三者クラウドサービスへ移行するには、相当な時間と労力が必要になるだろう。 また、全ての人がオープンソースソフトウェアへの移行に前向きというわけではない。デンマーク首都地域のITディレクターを務めるMette Harbo氏は、Microsoft製品からの脱却や、デジタル主権の実現は現実的ではないと考えている。 Ruby on Railsの創始者であり、37Signalsの共同経営者でもあるデンマーク人のDavid Heinemeier Hansson氏は、「デンマークは世界でもトップクラスのデジタル化を誇る国でありながら、Microsoftへの依存度も非常に高い。Microsoftが最大の依存先であることを考えれば、デジタル主権の確立を目指す第一歩として、そこから見直すのは極めて合理的だ」と述べている。 この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。