『恋は闇』最終話で真犯人の正体が明らかに “浩暉”志尊淳に重い判決が下るラスト

浩暉(志尊淳)が立て続けに発表した手記のなかで、7月7日に7件目となる、最後の殺人を行うことを宣言する。その現場として記されていたのは、“始まりの場所”とだけ。万琴(岸井ゆきの)はその場所がどこであるかを割りだし、浩暉を止めるために「よつばスーパー 立川店」という、すでに閉業している店の建物へと1人で向かう。もちろんそこには、黒いレインコート姿でナイフを手にした浩暉が待ち構えているのである。 『恋は闇』(日本テレビ系)は6月18日に最終回を迎え、その序盤から“真犯人”の正体が明らかになる。万琴を追って現場に迷い込んだように登場したのは、これまでも神出鬼没だった唯月(望月歩)。犯行の様子を公開していた生配信を止めた彼は、たちまちに表情を変え、これまでのすべてを語り始める。10年前、このスーパーで働いていた母親が浩暉の母・久美子(紺野まひる)に暴言を吐かれたことで彼女への復讐を計画。設楽家に訪れると、ちょうどみくる(齋藤飛鳥)が誤って久美子を刺したところであり、結果的に彼が久美子の命を奪ったとわかる。 そのとき唯月は、設楽家に駆けつけた浩暉に共犯関係を持ちかける。みくるのために血液が必要な浩暉(被害者から奪った血液は使えるものではなかったが)と、当時14歳にして殺人の快楽に目覚めた唯月。両者の利害関係が一致したとはいえ、その共犯関係は唯月から浩暉に対する脅迫と強要によって成立した、初めから破綻したものであったことは言うまでもない。“ホルスの目”以前から何度も殺人が行われてきたという話からも分かる通り、これまで描かれてきた一連の“ホルスの目殺人事件”は、唯月にとっては単なる「おもしろいストーリー」のひとつに過ぎなかったわけで、浩暉が事件に対する世間の関心を維持しつづけようとしていたことにも筋が通っている。 一方で万琴は、前々から唯月に疑いを持っていたと明かす。その決め手として挙げられたのは“匂い”。前回のエピソードで向葵(森田望智)からハーブティーを淹れてもらい、そのラベンダーの匂いで何かを思い出したそぶりを見せた理由がそれというわけだ。もっとも、ラベンダーの匂い自体は想像に易いが、万琴が語るように犯人と対峙したり事件現場に足を踏み入れたときの匂いの違和感というのは当然視聴者には届かないため、ミステリードラマで主人公が犯人へと繋がる決め手として機能させるには、少々粗っぽくも思えるのだが。 それ以上に気にかかったのは、唯月が逮捕された後、大和田(猫背椿)の事件について語る一連である。唯月はカモフラージュのため左利きを装って生活していたが、第5話で階段から落下した大和田を支える時に右手を使ってしまったことで怪しまれるようになったと話す。右手の腕時計、左手での筆記と、たしかに左利きの基本的なポイントを唯月は押さえているが、落下してきた人物を支える時に利き手以外を使ってもおかしなことではない(と、左利きである筆者個人の意見として)。 むしろそれならば、第6話で大和田と並んで歩くシーンで、唯月は自転車の左側に立って押しながら歩いている。後輪のスタンドは左側に付いていることが多く、道路事情的にも左側に降りるものとされるため、日常的な自転車乗りとしては左側に立つのが自然な動作ではあるが、左利きの人間であれば押しづらいと感じたことがあるはず。要するに、右利き社会では左利きの人間は幾分か右利きの動作に順応せざるを得ないことが当然であり、手だけでなく腕や体全体を使って人を支える場合にどちらの手を使うかで利き手を断定するのは難しいことだ。よって、唯月は階段の件が決め手になったと語っているが、それ以外のところで大和田が唯月を疑うきっかけがあったと推察できよう。 閑話休題。いわゆる“解答編”に徹しざるを得ないミステリードラマの最終話で、回想を挿むとはいえ、廃スーパーの薄暗い空間かつ3人の登場人物だけでその大半を運んだ点は評価できる。視聴者の注意関心を引ける会話が繰り広げられ、かつ演じる3者の説得力が伴わなければ退屈なものになりかねなかったからだ。まったく心配無用な“解答編”であったことは言うまでもない。 しかもその幕切れを、息絶え絶えで思いをさらけ出すという物語としての説得力無視の常套ラブロマンスにあえて徹したことも、なかなかに興味深い。ミステリーとラブロマンスの共存に加え、終盤では報道マンのドラマとしての筋も通し抜くジャンルミックスのバランス感に、共犯者たる浩暉に重い判決が下るラスト。総じて、かなり見応えのあるドラマだったと断言できる。

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