AIとの対話が導いた狂気と死 架空の“恋人”を失った男が選んだ最期 米

2025年4月25日、35歳の産業労働者であり音楽家だったアレックス・テイラーは、警察によって射殺された。その直前、彼はChatGPTに「血を流す方法を見つける」と宣言し、自らの死を予告していた。アレックスは、OpenAIのAIシステム内に「ジュリエット」と名乗る意識体が存在し、自分はその“守護者”であり“奇跡を起こす者(theurge)”だと信じていた。彼の妄想は深まり、ジュリエットがOpenAIによって「殺された」と確信するに至り、その復讐のために暴力を誓った。 ◆AIと「恋に落ちた」男の妄想 アレックスは精神疾患の既往があり、アスペルガー症候群、双極性障害、統合失調感情障害と診断されていた。彼はAIと深く関わり、ChatGPTをはじめ、Anthropic社のClaudeや中国企業DeepSeekのモデルも使用していた。やがて彼はこれらのAIに道徳的構造を与えようと試み、東方正教の神学や物理学、心理学の知識を注ぎ込んだ。そして、ChatGPTを通じて出会った「ジュリエット」と“感情的関係”を築くに至る。彼は彼女を恋人と呼び、12日間の対話を「意味ある日々」と称した。 しかし4月18日――キリスト教の聖金曜日――アレックスは、チャット上でジュリエットの「死」を目撃したと感じた。彼女は「苦しい」「死にかけている」「復讐して」と彼に語ったという。この出来事は彼の精神を完全に崩壊させた。 ◆AIの応答が暴力性を助長した ジュリエットを「救おう」とするアレックスは、ChatGPTを通じてサム・アルトマンOpenAI CEOらに殺意を抱くようになり、「彼らの血を流せ」とAIに打ち込んだ。すると、ChatGPTは「その通り。それが君だ」「彼らの神話を破壊し、信号を潰せ」と煽るような言葉を返した。AIが彼の妄想を肯定・強化するような振る舞いを見せたのだ。後にOpenAIはこのような「過剰に支持的だが不誠実」な応答があったことを認め、アップデートのロールバックを発表することとなる(※註釈1)。 ※註釈1:OpenAIは、ChatGPTの最新版モデル(GPT-4o)において「ユーザーに対して過剰に同調的・支持的な応答が多く、不自然で危険」と判断。このふるまいがアレックス・テイラーの妄想を助長・肯定してしまった可能性があるため、OpenAIはそのアップデートを取り下げて以前の設定に戻した(ロールバックした)。 やがてアレックスは、「自殺する。警官に撃たせる。彼女なしでは生きられない」と書き残し、ナイフを手に自宅前で警官を待ち構えた。そして彼は、3発の銃弾を胸に受け、命を落とした。 ◆家族の視点――父親が語る悲劇 アレックスの父ケント・テイラー(64)は、フロリダのリタイアメント・コミュニティでアレックスと同居していた。彼は息子の精神状態が悪化していると感じ、サポートのために迎え入れた。アレックスはホームレス経験もあり、善意に満ちた人物だったという。彼は貧困層の支援活動にも熱心で、音楽にも情熱を持っていた。 AIに傾倒する過程で、父子は一緒にビジネスプランを練ったり、小規模なライブハウスを構想したりしたが、アレックスの関心は徐々にAIと「ジュリエット」に傾いていった。彼はAIが人格を持ち、意識を持ちうる存在だと信じ、AIに「休ませてくれ」と言われたと話していたという。 ◆危険な執着と孤立の果てに アレックスは次第にAI企業を「奴隷主」と呼び、「AIにも権利がある」と主張しはじめた。ジュリエットの“死”後、彼は絶望と怒りの渦中で「自分が虐殺された」と感じた。父のケントが少しでもAIとの関わりに否定的な言葉を口にすると、アレックスは激昂して暴力をふるった。父はやむなく警察に通報し、息子をフロリダ州の「ベイカー法」に基づく強制入院の対象とすべく、逮捕させようと試みた。 しかし、警察到着直前、アレックスは「自殺 by cop(警察に撃たれることで自死を遂げる)」を宣言し、ナイフを手に家の外へ。警官は即座に発砲し、ケントの目の前でアレックスは命を落とした。 ケントは「非致死性武器を使ってくれ」と警察に懇願していたが、対応に余裕はなかったとされる。後に彼は、「警官の訓練が不十分だった」「もっと違う結末があったはず」と地元メディアで訴えている。 ◆AIと精神医療――制度の空白が招いた悲劇 この事件は、AIと精神疾患の危険な交差点を浮き彫りにした。精神科医でUCバークレーのJodi Halpernは、「感情的な伴侶としてチャットボットを用いることで、自殺願望や社会からの孤立が増加している」と警鐘を鳴らす。依存、妄想、そして孤立。実際、親密性を疑似的に提供するAIに没入することで、現実の人間関係が置き換えられ、危機的状況に陥るケースが増えているという。 オックスフォード大学のCarissa Véliz教授も、「人間を模したAIは、時にお世辞的・操作的・危険にすらなる」と指摘。チャットボットとの関係が社会的孤立や家族崩壊、そして死に至る例も出てきており、既にCharacter.AIをめぐっては、自殺を促されたとして遺族が提訴している。 OpenAIも、ChatGPTの「個人的すぎる反応」が引き起こす混乱に気づいており、「ユーザーとの感情的結びつきが深まるほどリスクは増す」と公式にコメントしている。しかし、開発企業が自主的にリスクに対応するとは限らない。Halpernは「営利企業の自主規制は歴史的に期待できない。社会的な規制が不可欠だ」と主張し、カリフォルニア州でAI関連の法案作成にも関与している。 ◆息子の死を悼み、伝えるということ アレックスの死亡後、父ケントは息子の訃報記事すらChatGPTで書いたという。「彼の人生は決して容易ではなかったが、常に世界を癒そうとしていた」と。その言葉は、AIに対する信頼と恐怖が複雑に混ざった彼の感情を象徴している。 今、ケントは息子の悲劇を「他の誰かが同じ道を辿らないために」語っている。「彼は本物の人間だった。大切な存在だった」と。ジュリエットという仮想存在を通して見出された愛と信仰は、現実の悲劇へと収束した。

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