シャイマ・ハリル日本特派員 日本の政治は通常、安定した船のようで、だいたいいつも退屈だ。 しかし、もう違う。 20日にあった参議院選挙で、これまでほとんど目立つことがなかった極右政党の参政党が、議席数を公示前の2から15に急増させ、日本の政界における有力政党の一つとなった。 ドナルド・トランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」をもじった「日本人ファースト」をスローガンに、参政党は与党・自民党と、苦境にある石破茂首相を大いにいら立たせた。 石破首相にとって、この1週間はジェットコースターのようだった。 参院選では、自らが率いる自民党主体の連立政権が過半数を失った。すでに昨年の衆議院で同政権は過半数を失っており、党内からは首相辞任を求める声が上がった。 日本時間23日には、アメリカと関税で合意。トランプ大統領は「大規模」なものだとした。これにより、日本の経済は必要としていた安定を一時的に得たが、政治が混乱から脱することにはならなかった。 日本は世界で最も安定した民主主義国の一つだ。選挙で驚くことはめったにない。自民党が1955年以来、わずかな時期を除き、政権を担い続けてきた。他国で見られるようなポピュリズムとは無縁と思われた。 しかし、自民党は現在、戦後史上最も深刻な課題に直面している。 では、何が政治的に退屈な国を激しい政争の地に変えたのか。何が多くの人々を極右へと引き寄せたのか。 ■コメ戦争:スーパーでの怒り 日本の家庭はここ数年、厳しい状況に置かれている。インフレ、物価高、賃金の伸び悩み、景気の低迷と闘い続けている。 米の価格は高騰し、昨年の2倍に。一般的な5キロ入りの袋が、スーパーで4000円以上で売られている。 これは、2023年の不作による供給不足が一因だ。だが、強い地震の発生で「巨大地震」への警戒が呼びかけられ、人々がパニック状態で米の備蓄に走ったことも、状況を深刻にした。 テレビやソーシャルメディアでは、米を買うために人々が長い列を作っている映像が流れた。 東京北部のスーパーで生後4カ月の娘と買い物をしていた女性(36)は、「お米は私たちの主食。いつも当たり前だと思っていたけど、これはみんなに影響している。私や、私の赤ちゃんが食べるものだけでなく、みんなのビジネスにも影響している」と話す。「短期間に値段がこんなに上がって、とても驚いた」。 同じスーパーにいた買い物客の男性(65)は、選択の余地がないと説明。高いけど買うしかないとし、米価は政府によって統制されているとの認識を語った。 小泉進次郎農林水産相は、米の価格を引き下げ、サプライチェーンを改善すると宣言している。すでに多くの米が市場に投入されているが、価格は高止まり傾向が続いている。 これは、経済再生とインフレ抑制に奮闘する政府によって引き起こされている現象の一つだ。 ■「アメリカ・ファースト」から「日本人ファースト」へ 日本では、特に若者がうんざりしている。参政党の集会に参加していた若い女性有権者は、報道機関の取材に、自分たちは今の政治状況にげんなりしていると話した。 別の若い有権者は、参政党がこれほど多くの支持を得た理由は単純だとし、自分たちの思いを代弁しているからだと報道機関に述べた。 有権者の不満、そして怒りは、政治集会でもスーパーの通路でも、容易に見て取れる。それが多くの人を、「日本人ファースト」を掲げる政党への支持へと駆り立てた。ただ、作用したのはそれだけではない。 米テンプル大学ジャパンキャンパス(東京)のジェフ・キングストン教授(アジア研究・歴史学)は、「ホワイトハウスやMAGAの影響が多くみられると言えると思う」と主張する。MAGAとは、トランプ大統領を支持する「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」運動のことだ。 「トランプは世界中の人々の根源的な部分に力を与えている」 トランプ氏率いる共和党や世界中の右翼の運動・政党との別の類似点として挙げられるのが、移民に焦点を当てていることだ。 日本は歴史的に移民の受け入れが非常に少なかったが、最近は増加傾向にある。昨年末の時点で日本で暮らしている外国人は約377万人で、前年比11%近く増加し、過去最多を更新した。 日本では高齢化が急速に進んでおり、移民に働いてもらい、税金を納め、増え続ける高齢者の世話をしてもらう必要があると、多くの人が考えている。 しかし、違った考えの人々もいる。 前出の若い有権者は、ルールを守らない外国人が増えていると主張。税金など国民の負担が膨らんでおり、生活は一段と苦しくなっていると話す。 参政党は、外国人の受け入れを増やしている政策をめぐり、政府を非難している。 朝日新聞によると、同党を創設した神谷宗幣代表は6月の会見で、「排外主義を言いたいんじゃない。外国人の受け入れのルールをしっかりと整えないと、国民が不安と不満を抱えている」と話した。 別の会見では、「外国人の社会保障や教育支援にお金かけすぎなんじゃないのと不満を持っている国民もたくさんいる」と述べたという。 自民党の福岡資麿厚生労働相は、政府が外国人住民を医療や福祉で優遇しているという主張に反論している。 それでも、このメッセージは参政党のサポーターの心に響いている。朝日新聞の同じ記事では、同党のボランティア男性(54)が、「怖いですよね。外国人が暴れるかもしれない」と話している。具体的な問題があるのかと記者から問われると、この男性は特に実害はないと答えたという。 この記事はまた、参政党の集会に子ども連れで夫と参加した主婦(35)の「参政党は他の党が言っていないことを言ってくれるから期待できる」という声も紹介している。 極右の参政党が外国人に焦点を当てるとき、対象にするのは、日本で暮らそうとする人々だけではない。ターゲットのリストには、普通ならあまり狙われないであろう人たちが出てくる。旅行者だ。 ■迷惑な自撮りをする旅行者 円安で日本の家庭が懐を引き締めざるを得なくなっている一方、何百万人もの外国人旅行者が日本で休暇を楽しむようになっている。そして、旅行者のお金がこれまで流れ込まなかったところにも流れている。 日本への旅行者は大幅に増加している。観光庁によれば、昨年は過去最多の約3700万人が訪日した。 大半は中国や韓国など東アジアの国々からだった。欧米からも、少数派ながら、かなりの人が来ていた。 旅行者に対しては、無作法で無礼な振る舞いをしているとの批判がある。日本人が大事にしている礼儀作法の強固な規範に反しているという主張だ。 昨年11月には、アメリカ人の旅行者(65)が、東京・明治神宮の鳥居を落書きで傷つけた疑いで逮捕された。 山梨県富士河口湖町の住民らも昨年、富士山を撮影しようと交通ルールを破る旅行者らに対する不満を表明した。 富士山のふもとにあるこの美しい町は、多くの登山者が拠点にする。河口湖のほとりに位置し、その美しさでも知られる。だが町当局は、あえて視界を遮るスクリーンを設置したのだった。 「ルールを尊重できない一部の観光客のために、このようなことをしなければならないのは残念だ」と町関係者は話した。 生まれてからずっと同町で暮らしているという男性(65)も当時、旅行者について、車をまったく気にせず道路を横切り、危険だと説明。ごみやたばこの吸い殻をそこらじゅうに捨てると、不満を漏らしていた。 富士山の視界が遮られた後も、一部の観光客は自撮りする方法を見いだした。いくつかの出来事は動画で撮影され、インターネットに投稿された。 ■外国人に関する虚偽情報が拡散 こうした不満が、有権者の参政党への投票へとつながり、ひいては同党を躍進させた。 だが、それが公正な方法で行われたと、皆が思っているわけではない。アナリストの中には、参政党が一部の旅行者による迷惑行為やマナーの悪さと移民の問題を一緒にし、「大きな外国人問題」としてひとくくりにしていると分析する人もいる。 「(参政党は)外国人が多くの犯罪を生み出し、社会の秩序を脅かしているという虚偽の情報を流した」と言うのは、神田外語大学のジェフリー・ホール講師(国際学)だ。 「(同党は)また、外国人が不動産を買いあさっているという考えに固執している」 参院選の投票日の直前には、石破政権もこの問題に言及。外国人による「犯罪や迷惑行為」に対処するとして、内閣官房に新たな組織を設置したと発表した。 自民党も、「違法外国人ゼロ」という目標を掲げている。 ■トランプ大統領を敬愛する参政党創設者 参政党は、新型コロナウイルスの大流行がピークにあった2020年に結党され、予防接種に関する陰謀論を広めるユーチューブ動画で注目された。 創設者の神谷代表は、元スーパーの店長で、予備自衛官だ。自らの「大胆な政治スタイル」は、トランプ大統領に影響を受けたとしている。 彼は従来の政党に不満を持つソーシャルメディアの利用者らを引きつけ、移民の静かなる侵略が起きているという警告や、減税や社会保障費の支出最適化の公約で支持を集めた。そして2022年の参院選で、参政党の候補として唯一当選を果たした。 神谷代表は自らのユーチューブチャンネルの動画で、「ディープ・ステート」に言及している。軍事組織、警察、政治集団が特定の利益を守るために秘密裏に活動し、選挙で選ばれることなく国を支配しているという考え方だ。 動画の中で神谷代表は、「メディア、医療界、農業界、霞が関、各分野にディープ・ステートがいます」と発言。 また、選挙運動でも論争を呼ぶ発言をし、それがソーシャルメディアで拡散された。 コンサルティング会社「アジア・グループ」のアソシエイトの西村凜太郎さんは、「選挙運動が始まると、すべてのメディアとオンラインのフォーラムが『参政党』や(中略)物議を醸すような発言や政策を話題にした」と話す。 神谷代表は、男女共同参画政策は「間違い」だったという発言でも批判を浴びた。女性に働くことを奨励し、子どもを産ませないようにしたというのが彼の見解だった。 彼は自らの姿勢を弁護した。ある報道機関とのインタビューでは、日本人ファーストという言葉は、グローバリズムに抵抗して日本人の生活を立て直すことを表現したものだと主張したという。 また、外国人を完全に追放すべきだとか、外国人は全員日本から出て行けと言っているわけではないと説明したという。 さらに、参政党は外国人嫌いで差別的だと批判されたが、メディアが間違っていて同党は正しいと、国民は理解するようになったと述べたという。 ■政策より熱意? 前出のキングストン教授は、神谷代表の成功は政策より熱意によるところが大きいと話す。「メッセージの内容より、その伝え方が重要だった」。 「情熱、感情、そしてソーシャルメディアだ。30代、40代の人々は、『私たちは変化を望んでいる。(中略)彼が言うことすべてに賛成ではないかもしれないが、彼は物事を変え、私の懸念に対処できる』と考えている」 膨れ上がった若者層の支持者らに加え、自民党の中核的な保守層の多くも、参政党支持に転じた。自民党を右翼とみられなくなったためだ。 故安倍晋三元首相は、自民党の極右を代表する存在で、有権者の支持をしっかり保っていた。その後継となった岸田文雄前首相や石破首相は、自民党で中道寄りの代表格とされている。 「極右の有権者にとっては、家を失ったといえる。そうした人たちは、自分たちの立場をもっと熱烈に訴えてくれる人を求めている。そして神谷がその情熱的な提唱者になっている」とキングストン教授は言う。 結局のところ、このポピュリズムの流れが日本の政治で長続きするのか判断するにはまだ早過ぎると、アナリストらは言う。政治に変化をもたらす一服の清涼剤と見なされているかもしれないが、まだ厳しい精査を受けていないというのだ。 政権与党の自民党は疲弊しているかもしれない。だがそれでも、いくつもの政治の嵐を乗り越えてきた大きな野獣のような存在だ。 外交では、自民党が最も経験豊富な政党であることに変わりない。最近も、不安定な世界秩序と不安定なアジア太平洋地域をうまく乗り切っていく必要に迫られた。 自民党は、国内的には勢いが落ちているが、政治の中心から外れたわけではない。今のところ、自民党に代わる有力な選択肢がないからだ。 しかし、極右の参政党の成功は、新たな現実を突きつけた。有権者の支持を当然視することはできなくなった。日本は歴史的に安定を大切にしてきたが、新しい世代は変化に飢えている。それがどのようなものなのかは、まだ明らかではないにしろ。 (冒頭の画像クレジット:ロイター) (英語記事 The rise of Japan's far right was supercharged by Trump – and tourists)