「空爆の様子も街の風景も撮らない、撮れないのです」 30年前ウクライナに渡った日本人男性 前編「キーウでの日常 家族と、そして学生と」

ロシアがウクライナの東部や南部、あわせて4つの州の一方的な併合を宣言してから9月30日で3年となり、プーチン大統領は4州の掌握を目指す姿勢を改めて示しました。 そのウクライナで、人々は今どのような状況下で暮らし、何を感じているのか。30年以上前に日本からウクライナに渡り、戦火が激しい今もキーウで暮らす日本人男性に話を聞きました。 神戸市出身でウクライナ在住30年を超える江川裕之さん(62)。 ソ連崩壊前の1991年秋から首都キーウで暮らしています。 キーウ国立言語大を卒業後、通訳を経て、現在はタラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学で上席講師を務めています。 ウクライナ人の妻(55)と長女(23)・長男(20)という家族構成です。 Q 江川さんのキーウでの日常を教えてください ウクライナ・キーウ在住 江川裕之さん これまで私と私の家族は無事でした。 ですが8月27日から28日にかけてのロシアによる攻撃でキーウだけで25人が亡くなられて、その中には14歳ぐらいの女の子も含まれています。 若いお母さんと赤ちゃんもいたと、こちらで報じられています。 自宅の窓からも立ち上る黒煙が確認できました。市内20カ所以上で非常に大きな被害を受けました。 Q 危険が身に迫っていると感じますか ウクライナ・キーウ在住 江川裕之さん 怖いです、もちろん。 目の前、数キロメートルのところに黒煙が上がってますから。 以前、私の住んでいるアパートのエントランスに破片が当たって穴が開いたこともあります。 常に私たちは危険に晒されているのは確かです。 Q そうした生活が長く続いて心身の変化を感じますか ウクライナ・キーウ在住 江川裕之さん 2014年のクリミア侵攻以降、10年以上続く戦争です。 特に22年に今回に続く大規模な侵攻があり、周囲には防衛のための火炎瓶作る人もいるし、国外に逃れる人もいます。 街から人がいなくなるっていうのは本当に怖いものです。 恐怖です。 想像してみてください。 Q 江川さんが退避せず、ウクライナに留まるのはなぜですか ウクライナ・キーウ在住 江川裕之さん 私にはウクライナ人の妻と子供という家族がいます。 息子は大学に通っています。 現在ウクライナでは25歳以上の国民男性は対ロシア抗戦において動員の対象です。 つい最近緩和されて22歳以下は出国できるようになりましたが、18歳以上の男性は国外に出られない時期もありました。 国防のためです。 息子や娘、妻を置いて私1人だけウクライナから逃げるわけにはいかないですよね。 Q 大学の教壇には立てていますか ウクライナ・キーウ在住 江川裕之さん もちろん。 私たち大学の教員は一生懸命やっています。 危険な時には防空壕の中に避難したりと安全確保を行いながらですが。 大規模侵攻中のオンライン授業を経て、今、対面授業が再開され学生たちは本当に真面目に勉学に励んでいます。 攻撃を避けて移動した地下教室で「基礎漢字」の授業を行いました。 試しに習字に取り組むこともありました。

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