「あの時、もっと聞いておけばよかった」。大東隆行さんを「おやじ」と慕う王将フードサービスの社員が、遺族から譲り受けた遺品のネクタイを手に悔しさをにじませた。凶弾に倒れる数カ月前、「殺すぞ」という脅迫に悩んでいた大東さんの姿が今も脳裏から離れない。田中幸雄被告の公判を前に「真相を明らかにしてほしい」と願う。 嘱託社員の中村健治さん(72)。数年前まで近畿地区で店長を務め、現在は大阪府内の店舗で厨房(ちゅうぼう)に立っている。新人時代から30年以上、大東さんから店舗運営や調理の指導を受けてきた。「社員思いで多くの社員から慕われていた。悪く言う人を見たことがない」と在りし日をしのぶ。 大東さんの気さくで温厚な人柄に何度も救われてきた。ラーメンスープの開発中に起きた自身のミスで大東さんが他の幹部に怒鳴られた時には、「気にせんでええ」と声を掛けてくれた。 大東さんは各店舗のアイデアを後押ししながら、店の不振が続くと何時間でも相談に乗ってくれた。「この人について行きたい」。交通事故で早くに父親を亡くした中村さんにとって、大東さんは「第二のおやじ」と呼べる存在だった。 別れは突然だった。「社長が病院に運ばれた」。2013年12月19日、勤務中の中村さんの携帯電話が鳴った。当初は銃撃されたとまで伝わっておらず、帰宅後、「王将社長射殺」のニュースを知った。 衝撃で呆然(ぼうぜん)としながら、数カ月前の記憶が呼び起こされた。事件前に感じた大東さんの「異変」だった。 この年の夏、社長室で二人きりで仕事の話をする機会があった。声色は低く、表情にいつもの笑顔がない。他の店長も同席した直前の会議では「矢でも鉄砲でも持って来い。俺は怖くないんや」と、意図を測りかねる言葉を口にしていた。 「何かあったんですか」。退室間際、理由を尋ねた。 「『殺したるぞ』って電話で脅されてるんや」 大東さんは吐き出すようにこう口にし、その後は言葉を続けなかった。重苦しい沈黙。中村さんは疑問を重ねられなかった。それが、最後の会話となった。 中村さんは葬儀後も墓参を重ね、自室には大東さんの写真を飾っている。命日が近づくたび後悔が増していく。あの時、俺が話を聞いておけば…。 田中被告が逮捕されたとはいえ背後関係は解明されていない。「被告だけが問題じゃない。どうして殺されなければならなかったのか。後ろで糸を引いた人間は誰なのか」 事件からもうすぐ12年。「おやじ」の死が風化していくように感じている。「裁判で全てを明らかにしてほしい。そうでないと、大東さんの無念が浮かばれない」