護送車の後部座席中央に座った男は前夜に警視庁本部に移送されてきた時とは違って髪を分けており、メガネ姿だった。ずっとうつむいていた彼だが一瞬だけ顔を上げてこちらを見る。その眼は鋭く、カメラを睨みつけていた。 1月10日の朝に送検されたのは音響設備会社の営業部長・山中正裕容疑者(45)だ。彼は東京・大田区のマンションで同社社長の河嶋明宏さんを殺害した容疑で9日に逮捕された。事件が発覚したのは8日の午前11時半ごろのことだった。 「約束の時間に河嶋さんが現れないためにマンションを訪れた知人が警察に通報。警官が室内に血だらけで倒れていた河嶋さんを発見しました。河嶋さんは刃物で首や腹など、少なくとも数ヵ所を刺されており、両手には抵抗した時についたとみられる傷も残っていたそうです。 廊下や玄関では、血痕や血の付いた足跡が複数確認され、凶器も室内から見つからないことから警視庁捜査1課は殺人事件と断定。大森署に特別捜査本部を設置して捜査していました」(全国紙社会部記者) 8日の事件発覚直後の時点で山中容疑者は事情聴取を受けており、その際には事件への関与を否定していた。しかし、供述にあいまいな点があったことから捜査本部は彼をマークしていたという。すると、翌9日の早朝6時に自宅を出て東京駅に行き、新幹線の切符を買おうとしていたために任意同行を求められたのだった。 「防犯カメラの捜査でも、山中容疑者がマンションに出入りする姿が確認されていました。その後、『河嶋さんの日ごろの態度に不満があり、意見するために自宅を訪ねた。激高されてもみ合いになり、自宅から持参した果物ナイフで刺した』『玄関にあった殺虫剤を噴霧し、ひるんだところで首を刺した。逃げるのを追いかけ、後ろから襲った』などと殺害をほのめかしたため逮捕されました。さらに『刺したことは間違いないが、殺すつもりはなかった』と、容疑を一部否認しています」(同前) ◆30年来の友人関係 河嶋さんと山中容疑者は職場では上司と部下の関係だったが、高校の同級生で30年来の友人関係にあった。 「お互いを『あきちゃん』『まー』と呼び合う仲でよく飲み会や旅行に一緒に行く関係。約8年前の河嶋さんは山中容疑者の結婚式にも出席していたようです。それまで広告やアパレル関係の仕事などを転々としていた山中容疑者は、約4年前に河嶋さんから『会社を良くしたい。社員との橋渡し役になってほしい』と頼まれて現在の会社に入社。待遇はそれまでの会社よりも良かったといいます」(事件ライター) ところが、上司と部下として働くことになってから、2人の間には少しずつ軋轢が生じてきたようだ。 「それまで一緒に飲みに行っていた店にも2人で姿を現すことはほとんどなくなったようです。山中容疑者の母親も『仕事に不満を持っている様子だった』と取材に答えており、本人も『社員への感謝の気持ちがないことや言葉遣いの悪さが不満だった』などと供述。不満を訴えても伝わらなかったことから『口で言って分からないなら、痛い目に遭わせてでも考えを改めさせる必要があると考えるようになった』と話しているそうです。 また、『これまで1.5ヵ月分だったボーナスが、1ヵ月分に下げられた』『理由も言われなかった』とも供述しています」(同前) 山中容疑者は7日夜、現場マンション敷地内で河嶋さんの帰宅を待ち、その後部屋を訪ねて襲撃したとみられる。マンションに入る際には自宅を出た時とは違う服装に着替えており、犯行後に室内で再び元の服装に着替えたようだ。その足で飲食店に向かい、友人と未明まで酒を飲んでいたという。凶器と犯行時に着ていた衣服は別のマンションのゴミ捨て場から発見されている。 ◆いつの間にか“ズレ”が生じた? かつては仲の良かった友人相手になぜ山中容疑者は凶行に走ったのだろうか。犯罪ジャーナリストの小川泰平氏は次のように分析する。 「サラリーマンであれば、どんなに待遇が良い職場でも上司に対して何らかの不満があるものです。それでも、上司と部下という上下関係があるからたいていのことはみんな我慢しています。 ただ、今回の場合は昔から知っている友達という関係。友達関係のほうが、上司と部下という関係よりも強いから、言いたいことが言える関係でもあります。それはいいことでもあるんですけど、そこに上下関係は成立していません。『社長だからしょうがない』となるところが『あいつは何なんだ』となってしまう。 逆に社長の側も同級生だからこそ何でも言えて、例えば他の社員の前で厳しく叱責するようなこともできたのかもしれない。社長としては信頼しているからこそ、できると思ったのかもしれませんが、実際はそうではなかった。そういった感情のズレが大きくなっていたのでしょう。 しかし、凶器を持って自宅へ押し入るというのは異常です。さらに凶器も捨て、返り血を浴びることを想定して着替えを準備し、別のマンションのゴミ集積場に捨てている点では計画性もあります」 友人関係から上司と部下になったことによる感情の“ズレ”はそれほどまでに大きいものだったのだろうか。捜査の進展が待たれる。