『ゴールデンカムイ』最新作の重要スポット!『網走番外地』でも有名な日本最北の刑務所、網走監獄とは?

野田サトルの大ヒット漫画を実写化した『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』(公開中)。2024年公開の前作に続いて、明治末期の北海道でアイヌ埋蔵金の争奪戦が繰り広げられるが、いよいよ金塊を隠した張本人“のっぺら坊”が登場する。そんな本作のメインの舞台となるのが、のっぺら坊が囚われている網走監獄こと“網走刑務所”だ。雪に閉ざされた過酷な立地、収容者に重罪犯が多いことから凶悪犯の吹き溜まりと呼ばれた日本最北の刑務所で、本作以外にも『網走番外地』(65)など多くの映画の舞台になった“聖地”でもある。網走刑務所とはどんな場所なのか紹介したい。 ■北海道の開拓にも一役買った網走刑務所 日露戦争での戦いぶりから“不死身の杉元”と呼ばれる杉元佐一(山崎賢人)とアイヌの少女アシリパ(山田杏奈)は、莫大な金塊を求め、刺青としてその隠し場所の地図が体に彫られた網走監獄の脱獄囚たちを追っていた。やがて2人は元新撰組の土方歳三(舘ひろし)ら同じく金塊をねらう者たちと合流し、のっぺら坊が収監されている網走監獄へと向かう。一方、北海道征服をもくろむ大日本帝国陸軍第七師団の鶴見中尉(玉木宏)もまた、兵を率いて網走を目指していた。 網走刑務所が誕生したのは1890年(明治23年)のことだった。江戸から明治に舵を切り、制度や秩序が激変したため日本中で犯罪が急増。新政府への不満を持った思想犯、政治犯もあとを絶たず、各地の刑務所は受刑者であふれ返っていた。勢力を拡大するロシアの南下政策への対策を迫られていた政府は、広大な北海道に罪人を移し、安価な労働力として開拓・整備に使う“一石二鳥”を思いつく。1880年代に入ると北海道各地に刑務所が設けられ、無期懲役や終身刑、12年以上の長期刑を中心に多くの受刑者が送られた。そのなかで網走から旭川を結ぶ160kmもの中央道路を作るため建てられたのが網走囚徒外役所、のちの網走刑務所である。 ■網走刑務所からの脱獄に成功した脱獄魔、白鳥由栄 もともと網走はオホーツク海と山に囲まれた小さな漁村で、アイヌと和人(本土から渡ってきた日本人)からなる約600人の集落だった。そこにやって来たのが1300人の受刑者と看守や関係者など合わせて2000人。食料など大量の物資が必要となり、村は一気に賑わった。 網走が選ばれた理由の一つにオホーツク海沿岸地域が比較的温暖な気候だったことが挙げられるが、そうは言っても春になっても流氷が浮かぶ厳しい寒さ。山でも食べ物の入手は絶望的で、クマやオオカミもいるため、逃走しても生き残るのは至難の業だ。野外作業では2人一組で鎖につながれるなど管理体制も厳重なため、脱獄不可能な刑務所として名を馳せた。『網走番外地』では高倉健と南原宏治が演じる2人の囚人が手錠でつながれたまま脱走する姿が描かれたが、それが網走の受刑者たちのデフォルトだったのだ。 ただし1922年(大正11年)の法改正以降は受刑者の処遇や環境が改善。現在の網走刑務所には再犯者や暴力団関係者を中心に懲役10年以下の受刑者が収監されている。ちなみに、「ゴールデンカムイ」には関節を外して狭い場所でも通れる白石由竹(矢本悠馬)という脱獄囚が登場するが、これは実在した受刑者、白鳥由栄がモデル。殺人や窃盗で逮捕されるたび脱獄を繰り返す脱獄魔で、網走刑務所からの脱獄にも成功したという。 ■『幸福の黄色いハンカチ』にも登場するレンガの門 「ゴールデンカムイ」、『網走番外地』以外にも網走刑務所が登場する作品が存在する。例えば、『幸福の黄色いハンカチ』(77)は高倉健演じる主人公が網走刑務所を出所するところから幕を開ける。看守に一礼し、歩きだすシーンで映しだされるのが旧正門。堅牢な門構えとどこまでも続く高い壁は、網走刑務所のランドマークである。 このレンガの巨壁が作られたのは1924年(大正13年)のこと。それまで網走刑務所は木の柵で囲まれていたが、1909年(明治42年)の大火事による施設焼失を受け、作り直されたのだ。建設にあたり所内にレンガ工場が作られ、受刑者たちは試行錯誤しながら150万枚ものレンガを一から作成。1919年(大正8年)から5年がかりで完成した労作で、その外観は多くの映画の撮影に使われている。 ■特徴的な構造の五翼放射状平屋舎房 受刑者が暮らす舎房で特徴的なのが五翼放射状平屋舎房だ。中央の見張所を起点に5本の通路が扇形に伸びた建物で、通路の両側に舎房がずらりと並んでいる。中央の見張り所から各通路の様子が一望できる設計で、『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』では長い通路を生かした集団バトルが繰り広げられる。 この五翼放射状平屋舎房は1912年(明治45年)に作られたもので、それ以前は建物内に舎房が並んだ一般的な間取りだった。1909年の火事のあと、ベルギーの刑務所をモデルに監視がしやすいこの形状で新築されたのだ。 『愛と憎しみの彼方へ』(51)には当時の様子がフィルムに収められている。この作品は三船敏郎主演の脱獄もので、監督は谷口千吉、脚本を黒澤明が担当。網走刑務所を扱った最初の映画で、網走は町をあげて協力し所内での撮影も許可された唯一の作品だ。夜間シーンの刑務所全景などミニチュア特撮は円谷英二、音楽を伊福部昭とのちの『ゴジラ』(54)チームが手掛けている。 ■現在は移設され、「博物館 網走監獄」として観光名所に 建て替えで役目を終えた五翼放射状平屋舎房は、1985年(昭和60年)にほかの旧建造物と共に網走国定公園の「博物館 網走監獄」に移設された。“脱獄魔”白石ら受刑者の蝋人形も飾られ、現在は観光名所としてその名残りを後世に伝えている。また、日本で暗躍したロシア人スパイ、リヒャルト・ゾルゲを描いた『スパイ・ゾルゲ』(03)や、北海道で刑務所の教誨師となった留岡幸助を描いた『大地の詩-留岡幸助物語-』(11)などの網走刑務所のシーンをここで撮影。 架空の刑務所の受刑者の日常を綴った『刑務所の中』(02)でも、雑居坊や独房などがメインのロケ地に使われた。ちなみに、網走刑務所の名を日本中に知らしめた『網走番外地』の所内シーンは、スタジオに組まれたセットで撮影されている。 『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』のクライマックスは、網走監獄での一大スペクタクル。スタジオに監獄内部が完全再現され、杉元とアシリパらが厳重な警備の裏をかき所内に潜入するサスペンス、五翼放射状平屋舎房から庁舎、教誨室まで各所での死闘など、所内の見せ場が満載されている。二転三転するドラマチックな展開や躍動感あふれるアクションはもちろん、独特な建物の構造も本作の魅力なのである。 文/神武団四郎 ※山崎賢人の「崎」は正式には「たつさき」 ※アシリパの「リ」は小文字が正式表記

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